日曜コラム洋々亭29:大丸有散歩で「人間のおろかさ」を愛おしむ──帝国ホテル建て替えに思う

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 「帝国ホテル東京が建て替えの方針」と日本経済新聞などが3月17日に報じた。これは開発関係者の間では以前から話題になっていたことで、そのニュース自体は私も驚かなかったのだが、ほとんどのメディアが報じた大ニュースなのに、建て替え後の詳細がまるで語られていないことに驚いた。全くの白紙でこんな情報を書く(書かせる?)はずがなく、計画は相当進んでいるのだとは思う。だが、もしかするとこれは、「世論の反応を見たい」という意図のリーク記事かもしれないので、「世論の1人」として思うことをつらつらと書かせていただく。

(特記以外の写真:宮沢洋)

 そもそも、現在の帝国ホテルって、どんな建物だったっけ? すっかり春めいてきたので、散歩がてら見に行ってみた。どの報道も判を押したように、上の写真のアングル(日比谷公園に渡る横断歩道から見る)が使われているのだが、おそらく設計者の狙いとしては、この左右対称形なのではないか(↓)。おお、なんかすごくかっこいいぞ……。

 この現本館は「関東大震災を耐えたライトの建築をなぜ壊すのか」という大反対運動の末に、1970年に完成した。地下3階・地上17階。

 実はこの記事を書くまで誰が設計したのか知らなかった(常識だったらごめんなさい)。調べてみると、設計者は高橋貞太郎(1892~1970年)だった。大正から昭和期に活躍した建築家だ。高橋の設計で1939年に完成した日本橋髙島屋は重要文化財になっている。上高地ホテルや川奈ホテルなど、特にホテルを得意とした建築家で、だから今の帝国ホテル本館も建築としてかっこいいのだ。その高橋は、帝国ホテルが完成した1970年に、批判のなかで亡くなったのだという。なんと気の毒な……。

 本館の東側に立つインペリアルタワー(上の写真の左側)は、山下設計の設計で1983年に完成した。地下4階・地上31階。これも本館と一緒に建て替えるということのようだ。

本館もタワーも「もったいない」

 私はこれまでも何度か書いてきたように、「保存」という言葉があまり好きではない(例えばこの記事→日曜コラム洋々亭25:現代建築に「保存」という言葉はふさわしいか──葛西臨海水族園問題に思う)。なので両建物を今のまま保存すべきとは言わないが、普通に考えて、丸ごと壊すのは「もったいない」。

 インペリアルタワーは築40年にも満たない。「新耐震基準」(1981年)への移行後に建てられた超高層ビルだ。手を入れればいくらでも使えるだろう。率直に言ってデザイン的には本館に負けるので、いったんスケルトンにしてガラッと変えればいい。壊して似たような規模のものをつくるのは、地球環境的にもったいない。

 一方、本館は築51年。数奇な歴史を考えれば重要文化財になってもおかしくない建築だ。ロビーなどインテリアも味があって、ファンは多いはず。あれを壊してあれよりいい味が出せるとはなかなか考えにくい。タワーとのつなぎ方やタワー東側の“裏側”感を解消すれば、格段に魅力が増すはず。こちらは「空間の価値」としてもったいない。

 帝国ホテルは「価値ある名建築を取り壊す」という愚を二度繰り返すのか……。

ライトが設計した2代目本館(1923年)の模型。現・本館ロビー脇の展示コーナーに展示されている

気になっていた丸の内のあのビルへ

 冒頭に「散歩」と書いたように、帝国ホテルだけを書きたかったわけではない。帝国ホテルから北に十数分歩いて、丸の内へ。「人間のおろかさ」を考えずにはいられないもう1つのプロジェクトを見るためだ。

 そのビルは、「みずほ丸の内タワー・銀行会館・丸の内テラス」という長い名前の大規模開発。三菱地所、みずほフィナンシャルグループ、全国銀行協会の3者が丸の内1丁目に新築した地下4階・地上29階、延べ面積18万m2の巨大ビルだ。 設計は三菱地所設計・日本設計・久米設計。昨年11月に開業した。

 このビルは初めて見た。このビルのデザインがどうとか言いたいわけではない。知ってもらいたいのは、建て替え前のビルの話である。このビルの敷地の一画(南西側)には、「東京銀行協会ビルヂング」(地下4階・地上20階)があったのだ。こんなビルだった(上の写真とほぼ同じ方角)。

旧・東京銀行協会ビルヂング(写真:磯達雄)

 以下、旧・東京銀行協会ビルヂングについて、ウィキペディア(Wikipedia)から引用する。

 この地には、三菱地所所有地2,987㎡と北側の東京銀行協会所有地1,323㎡に、「東京銀行集会所」(銀行倶楽部)と「銀行会館」の2棟の建物があった。東京銀行集会所は1916年(大正5年)竣工で、横河民輔の設計によるモダンルネサンス様式の建築物であった。(中略)1986年に建替え計画が新聞報道されると、文化庁や東京都生活文化局、日本建築学会などから歴史的建造物である東京銀行集会所の保存の要望が相次いで寄せられた。検討の結果1989年に、皇居に面した西面(のちの討議で、南面も同様に)および建物内部において主要部分を一定規模で保存する合意がなされた。1990年9月より既存建物の解体に着手、翌1991年4月に本体工事に着工。1993年9月に竣工した。(ウィキペディア(Wikipedia)より)

 つまり、保存要望を受け、すったもんだの末に外壁を保存する形で建てたビルを、30年もたたずに壊してしまったのだ。

 かつて保存外壁があった辺りに、ほんのわずかだけバルコニーの石が残され、説明の台が設置されていた。

 北東側に建っていた「みずほ銀行前本店ビル」(1974年)は村野藤吾が設計した非常にクセのあるデザインのビルだったのだが、そちらは微塵も名残がない。 

 散歩はまだ続く。だが、すでにかなり長くなってしまったので、続きは次回にしよう。記事の途中だが、結論を先に言っておくと、これは決して大規模開発批判ではない。「『人間のおろかさ』を愛おしむ」がテーマである。後編は下記から。(宮沢洋)

日曜コラム洋々亭30:「人間のおろかさ」をヒューマンな都市づくりの原動力に──帝国ホテル建て替えに思う(後編)