日曜コラム洋々亭34:五輪開会式の残念さと、代々木競技場世界遺産推進会見での“難問”

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 9月2日(木)の午後に、「第1回国立代々木競技場世界遺産登録推進シンポジウム~国立代々木競技場を世界遺産へ~隈研吾プレスカンファレンス」に行ってきた。

プレスカンファレンスは 9月2日12:30~13:00の30分間、六本木アカデミーヒルズ カンファレンスルーム(六本木ヒルズ森タワー49階)で行われた。左が隈研吾氏、右は山名善之・東京理科大学教授

 プレスカンファレンスに参加して、今さらながら、オリンピックの開会式で筆者がとても残念に感じたことについて書きたくなった。五輪開会式については辛口な意見が世にあふれていて(国家イベントだからそういうものなのだろう)、私もそうした意見をかなり読んだのだが、意外に私が感じた「残念さ」と同じことを書いている人を見ていない。でも、おそらく、私と同じように思った人は、建築界には少なくないのではないかと思う。

 何かというと、開会式の映像に国立代々木競技場がちらりとも映らなかったことである。

 国立代々木競技場が今年、国指定重要文化財に仲間入りしたことは、このサイトでも5月に速報した(代々木競技場が重要文化財内定、「世界初の二重の吊り構造」を世界一わかりやすく解説します!

 私はこのニュースを聞いたとき、「そうか、五輪の開会式で代々木競技場からの中継を入れて盛り上げるんだな」と思った。ところが、実際の開会式を最初から最後まで見たが、代々木からの中継もなければ、前五輪時の映像も一切なかったようだ(途中、何度かトイレに行ったので断言はできない)。

 「いつ映る?いつ映る?」とわくわくしながら見ていたのは私だけではないだろう。新築した国立競技場は思ったよりも映像映えして、それには『隈研吾建築図鑑』の執筆者として安堵したが、代々木競技場が映らないがっかり感の方がはるかに大きかった。またとない全世界への発信のチャンスなのに……。

会見終了間際にこんな質問が…

 なぜその話を「第1回国立代々木競技場世界遺産登録推進シンポジウム~国立代々木競技場を世界遺産へ~隈研吾プレスカンファレンス」とからめて書くのか。

 さらに前段が長くなってしまうが、この会見は、槇文彦氏らが登壇するシンポジウムの直前に行われた。DOCOMOMO Japanが2021年8月29日~9月2日まで開催していた「第16回DOCOMOMO国際会議2020+1東京」の最終日に当てたイベントで、DOCOMOMOの東京会議の報告と、代々木競技場の世界遺産登録への動きをまとめてメディアにアピールすることを狙ったものだ。

(※DOCOMOMO=Documentation and Conservation of buildings,sites and neighbourhoods of the Modern Movementモダン・ムーブメントにかかわる建物と環境形成の記録調査および保存のための国際組織)

 なぜ、隈氏が中心にいるかというと、代々木競技場の世界遺産登録を目指て2020年11月に設立された一般社団法人国立代々木競技場世界遺産登録推進協議会の代表理事が隈氏だからだ。多忙を極めるなか、こういう役回りを引き受けるところは本当に偉いと思う。会見会場にはざっと数えると20社以上のメディアが来ていた。そんなに建築メディアの数はないので、大半は一般メディアだと思う。「隈研吾」のネームバリューが効いたのだろう。

左は豊川斎赫氏(千葉大学准教授・国立代々木競技場世界遺産登録推進協議会 事務局長)。豊川氏の丹下健三愛はこちらの記事

 登壇した3人は、代々木競技場が国の重要文化財になったことで、世界遺産へのリアリティーがぐんと増した、あとは市民の盛り上がりが追い風になる、といった話をした。私は、「そうだそうだ、いい流れが来ている。世界遺産間違いなし」と納得しながら聞いていた。予定の30分が近づき、質疑応答が終わりかけた頃、ある通信社の記者がこんな質問をした。私は自分が聞かれたわけでもないのにドキッとした。

 「世界遺産の数がこれだけ増えているなかで、なぜ世界遺産を目指さなければならないのでしょうか」

 こんな「そもそも」を質問できる記者は素晴らしいと思う。「2位じゃだめなんでしょうか」という蓮舫議員の質問を思い出した。

 登壇者の1人、山名善之・東京理科大学教授(DOCOMOMO International理事・第16回DOCOMOMO国際会議2020東京実行委員会委員長)はこんなふうに答えた。世界遺産の数が増えるなかで、世界遺産自体がもっと日常的なものを対象にする方向へと変わることを求められており、代々木競技場はそのきっかけになることを世界から期待されている──(要約)。

山名教授

 すごい切り返しだ。日本が独断で目指すのではなく、世界から求められているのだ、という論法。

 その頭の回転の速さに感心しつつも、質問の真意とは違うところで答えているなと感じた。記者が本当に聞きたかったのは、「あなたたち建築関係者は代々木競技場がすごい、すごいと言うけれど、それが世界遺産になると一般市民には一体どういうメリットがあるんですか?」ということだろう。

自分にも突き付けられた「思い込み」

 ここでようやく話は五輪開会式に戻る。私が「代々木競技場が重要文化財になった」→「五輪の開会式で代々木競技場にスポットが当たる」と考えたのは、全く同じような「建築どっぷりの人間」の思い込みにほかならない。先の記者の質問に私がドキッとしたのは、この質問が「五輪開会式で代々木競技場を取り上げると一般視聴者にはどういうメリットがあるんですか?」と私には聞こえたからである。

 それから1日、2日考えたのだが、今の私にはこの記者の質問にスパッと答えるロジックが思い付かない。でも、これは重要な指摘だと思うので(かつ、そんなやりとりをどこも書かないと思うので)、小メディアの責務として書きとめた。だから話にオチはない。ここは問い掛けで逃げたい。

 「代々木競技場はなぜ世界遺産を目指さなければならないのでしょうか?」──あなたならこの質問にどう答えますか?

 ところで、パラリンピックで好調のバドミントン日本チーム。今日、5日(日)は男子シングルスほかの決勝戦が国立代々木競技場で行われる。必見。(宮沢洋)