世界遺産ブラジリア写真ルポ01:遷都60年!ニーマイヤーの奇跡、三権広場へ

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 建築好きの人は、旅に出たくてうずうずしていることだろう。筆者もその1人だが、今は「まだ見ぬ建築」に思いを巡らせ、その日の旅程を描く熟成期間だ。筆者と同じ思いの人のために、おそらく実物を見た人は少ないであろうブラジルの建築群の現状をリポートする。筆者は、幸いにしてコロナリスクがそれほど高まっていなかった2020年2月13日~24日の12日間、ブラジル国内を巡った。「いつか本を書くネタに」とも思っていたが、皆さんがいつか旅に出る日の準備のために、見どころと旅のポイントを書き留めておくことにした。

(写真:宮沢洋、以下も同じ)

 ブラジルは地球のほぼ真裏だ。どのくらい時間と費用がかかるかというと、まず、移動時間は行きが成田→13時間→〈NYトランジット〉→10時間→リオデジャネイロ、帰りはサンパウロ→10時間→〈NY2日滞在〉→14時間半→成田と、乗り継ぎ時間を含めると丸1日では着かない。飛行機代は往復で32万5700円だった。やはり、そんなに近くはない。

 治安はあまりよくない。リオ五輪が開かれた国だから、治安も改善されたのかと思ってしまうが、あまり変わっていないらしい。強盗の発生率は日本の400倍。とにかく観光客や金持ちに見られてはいけない。一眼レフカメラを首から下げるなどもってのほか。筆者は基本、どこにいくのも手ぶらで、建築の写真を撮るときは「撮る瞬間だけ」iPhoneをさっと出す。おかげで、金品をまき上げられることはなかった。それでも、あちこちであやしい感じの人に声をかけられ、欧州のリゾート地のようにリラックス気分ではいられない旅だった。

 それでもブラジルには行く価値がある。本当に行ってよかったと思う。なぜなら、ブラジルはモダニズム建築の宝庫であり、モダニズムの巨匠、いや伝説とさえいえるオスカー・ニーマイヤー(1907~2012年)の聖地だからである。ニーマイヤーの建築からは元気をもらえる。下の写真は、2015年に東京都現代美術館で開催された「オスカー・ニーマイヤー展」(監修はSANAA)でのニーマイヤーの等身大写真とインタビュー映像だ。エネルギッシュではあるが、意外に小柄だ。筆者はこの展覧会を見て「いつかブラジルへ行く!」と決意した。

歴史遺産のない世界遺産、ブラジリア

 前置きが長くなった。首都・ブラジリアへ。

 ブラジルの首都はリオデジャネイロではなく、ブラジリアである。オスカー・ニーマイヤーが、師であるルシオ・コスタとともに、何もない高原の原っぱにわずか4年でつくり上げた人工都市だ。リオデジャネイロに代わる新首都として街開きしたのは1960年4月21日。この年、ニーマイヤー53歳。四半世紀後の1987年、ブラジルは「歴史遺産のない都市」としては異例の世界遺産に登録される。そして今年4月21日、ちょうど遷都60周年を迎えた。

 首都機能の核となる施設は、東端の「三権広場」に集められている。

 観光ガイドには、この「労働戦士の像」がよく載っているのでお約束で撮ってはみたものの、広大な広場(下のパノラマ写真参照)でこの像を探す時間がもったいない。国会議事堂(立法)の執務タワーが見えるのを確認したら、まずは、三権広場の“助さん・格さん”、大統領府(行政)と最高裁判所(司法)へ。ここからは、うんちくは控えて、写真中心で行く。特記のないものは、すべてニーマイヤーの設計だ。

 これは広場の北側にある大統領府(プラナルト宮)。通称「高原の宮殿」。残念ながら外から見るのみ。

 ブラジリアの有名建築には、設計者や建設の経緯などを記した解説看板が設置されており、英語表記もあってうれしい。東京も五輪が1年延びたので、今からでもやってほしい取り組みだ。

 広場の南側にある最高裁判所は改修工事中だった。手前にある像は、「目隠し裁判の像」。
 


 広場の西側、国会議事堂との間にあるブラジリア創立記念碑。すごい片持ち…。

 「なんじゃこれは!」という形のこの建築は、広場の東側にある「自由と民主主義のパンテオン」。これは1960年ではなく、1986年に完成した。

 内部は薄暗い展示空間で、上のフロアに上がると、暗闇の斜め下からステンドグラスの赤い光が差す。さほど効果的とは思えなかったが、70歳代後半になって「誰もやったことのないことをやろう」というニーマイヤーのチャレンジ心に胸を打たれる。ステンドグラスのデザインはフランス人のマリア・ペレッティ。後述するブラジリア大聖堂のステンドグラスと同じ人だ。

国会議事堂の見学ツアーに参加

 広場のまわりをぐるっと見たら、いよいよ国会議事堂へ。執務タワーは28階建て。薄い板状のビルが平行に立ち、中間部付近にブリッジが架かる。

 説明の看板。影絵のようなシルエットが、ウルトラセブンのオープニングを思い出させる。表・裏に置いた2つのお椀は、二院制の議場だ。

 写真では伝わりにくいかもしれないが、緩やかに下っていくランドスケープが実に気持ちいい。ニーマイヤーは建築の造形もさることながら、水盤の使い方やアプローチの勾配のつけ方がうまい。

 議場の見学ツアーに参加した。無料。ポルトガル語で言葉は分からないが、なんとなく身振り手振りで分かる。ブラジルはほとんど英語が通じないので、何日かいると雰囲気で分かる術が身に着いてくる。

 ゆったりしたエントランスのロビー。

 これは、お椀を上向きにした方(上院)の議場の内部。

 お椀をさかさまにした下院も見学したが、議会開催中のため、写真撮影はNGだった。

 国会議事堂の模型。模型で見ると大味にも見えるが、ニーマイヤーは中景や近景のつくり方がうまいので、2時間近い見学ツアーも全く飽きなかった。

 しかし、これほどのデザイン密度の建築群が、1人の建築家の手により、設計まで含めてわずか4年でできたとは…。凡庸な表現にはなるが、「奇跡」としか言いようがない。

 ニーマイヤーの設計ではないが、三権広場まで来たら、タクシーでさらに東へ10分ほど走り、「ポンテJK(JK橋)」も見た方がいい。ブラジルで最も美しいといわれる橋だ。ブラジリア建設時につくった人工湖・パラノア湖に架かる。3つのアーチがジグザグに配置された「建築」っぽい橋である。合理性だけを考えたら、こんな架け方はしない。だが、絵にはなる。筆者も「これか!」と心をつかまれ、タクシーにいったん止まってもらい、下りて写真を撮った。

 ちなみに「JK橋」の「JK」は、女子高生ではなく、ブラジリアへの首都移転を先導した大統領、ジュセリーノ・クビチェクのことだ。このリポートでは今後も何度か出てくると思うので覚えておいてほしい。

 今回はこの辺で。「世界にはこんな建築があるのか!」とびっくりしていただけたとは思うが、今回はまだ「ジャブ」。ブラジリアには、ニーマイヤーのもっとすごい建築がごろごろある。それが大げさでないかどうかは、次回以降をお楽しみに。(宮沢洋)

▼第2回~第4回の記事
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