建築系雑誌読み比べ!01:建築知識、Casa BRUTUS、日経アーキ─それぞれの社会性を投影

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 4月になったら取材しようと思っていたネタが、ことごとく延期になってしまった。こういうときは、献本いただいた近刊の一気読みでもしようか。と思ったものの、相棒の磯達雄がとんでもない読書家なので、磯を差しおいて書評を書く勇気が出ない…(これを書いているのは前・日経アーキテクチュア編集長で今はフリーの宮沢です)。そうか、じゃあ、雑誌だ。「雑誌評」はあまり目にしないので面白いかも。そして、デジタル化の嵐のなかで頑張る紙メディアの人たちを応援したい!!

計12冊を3つの観点でレビュー

 ということで、緊急事態宣言の出た4月7日にジュンク堂書店池袋本店で建築系雑誌の最新号をドサッと買い込み、じっくり読んでみることにした。

 購入したのは、ジュンク堂の面陳列の棚で気になった11冊。これに、定期購読している日経アーキテクチュアを含めた計12冊を、3冊ずつグルーピングしてレビューしていく。ぐだぐだの感想文にならないように、3つの観点を決めた。

(1)ほかの雑誌にない独自性。
(2)なるほど!と感心した伝え方。
(3)編集部へのエール。

 
 初回は、それぞれのやり方で「社会を映す」3誌を取り上げる。まずは「建築知識」から。

「紙ならでは」を追求する「建築知識」

 「建築知識」2020年4月号の特集は「最強の設計バイブル!お店の間取りとリアル寸法」だ。

(1)ほかの雑誌にない独自性

 まず表紙がいい! 特集とどう関係するのかよく分からないとぼけたイラストの表紙が書棚で目を引く。表紙のキャラクターが猫なのは、大ヒットした「猫特集」(2017年1月号)でつかんだ愛猫家へのアピール?

 建築知識の表紙の突き抜け方には本当に感心する。現状のような柔らか路線の表紙に突然変異したのは、2012年からだといわれる。これはネット上でも話題になった。試しに、グーグルで「建築知識2012年 表紙」と画像検索してみると、こんな表紙が並ぶ。

 その1年前の「建築知識2011年 表紙」で検索すると、全く雰囲気が違う。

 2012年に何があったのかは知らないが、それ以降、表紙だけでなく、売りであるノウハウ特集のつくり方にも変化が出てきたように思う。何が変わってきたのかを最新号の2020年4月号で見てみよう。

 この号の特集は「お店の間取りとリアル寸法」。表紙に書かれた「お店の間取り」というのが、どんな業態の店なのかピンと来ずに雑誌を開いたのだが、開いてびっくり。思いつく店が全部と言っていいくらい載っている。何という網羅性。

<1章 飲食店>
中国料理店、焼き肉屋、レストラン、うどん屋、すし屋、鮮魚居酒屋、ショットバー、カフェ、スープカフェ、タピオカティースタンド、コーヒースタンド
<2章 物販店>
アパレルショップ、オーダースーツ専門店、ライフスタイルショップ、電気店+焙煎所、酒販店、花屋、ジュエリーショップ、自転車屋、アンテナショップ、インストアベーカリー、ベーカリーカフェ、精肉店
<3章 サービス店>
ヘアサロン、エステサロン、トレーニングジム、ランドリーカフェ、シェアオフィス、ゲームセンター、呼吸器内科、診療内科、歯科、動物病院

 書籍ではなく、雑誌でこの網羅性だ。こんな企画、私はスケジュール管理が恐ろしくてとても採用できなかったろう…。素晴らしい勇気。

 とはいえ、網羅性の高さは建築知識の昔からの売り。近年の変化は、世の消費動向の最先端を、ビビッドに企画に取り込んでいる点だ。

 今号の特集でいえば、それは「タピオカティースタンド」や「電気店+焙煎所」「ランドリーカフェ」というチョイス。それってどんな間取りなんだろうとページを開きたくなる。こういう事例をチラチラッと入れて読む気にさせるところが心にくい。この企画が当たったら、次は「最新流行ショップの間取りと寸法」とか、その手の特集を組むのだろう。

(2)なるほど!と感心した伝え方

 すべての事例をイラストで見せる徹底ぶりがすごい。誌面そのものを勝手には載せられないので、誌面の雰囲気を描いてみた。

(誌面スケッチ:宮沢洋、以下も同じ)

 こうした室内俯瞰図を描くのは相当大変だ(実際は上の図よりずっと細かい)。私が描いたら、たぶん1枚に2日くらいかかる。イラストから設計上のポイントを引き出すつくりになっているので、最初からポイントが見せやすい構図を決めて描いている。執筆者、編集者、イラストレーターのすり合わせがかなり必要だ。それが30枚以上…。作業の全体量を想像するとクラクラする。

 しかし、これこそが紙雑誌の良さ! ひと目でポイントが頭に入る。

 今回の特集は、テーマが間取りなのでオーソドックスな俯瞰図だが、建築知識は「絵になりにくいテーマ」でも絵にしてしまう。例えば、書店で思わず手に取ってしまったのが、少し前の2019年11月号。

 特集は「幻獣キャラクターで学ぶ建築基準法」。目次に書かれた特集の前書きがぶっ飛んでいる。

 「『基準法ってよく改正されるし、どこが変わったのか、緩和条件は何なのか、覚えるのがとっても大変…(はあ)』。そんなあなたのため息に反応して、基準法が幻獣に大変身しちゃいました!(中略)幻獣たちが、さまざまな必殺技やアイテムを繰り出し、あなたの学びをサポートしてくれます。監修は信頼の指定確認検査機関、日本建築センター」(ここまで同号から引用)

 芥川賞が取れそうな名文。私だったら、この時期・このテーマに対して「なぜ幻獣なのか」を無理矢理説明したくなるところだが、そんな小ざかしいことはしない。書かないことによってかえって「今、時代は幻獣でしょう?」という説得力が生まれている。

 記事内容もいちいち幻獣と対応していて感心した。ただ、それによって解説が頭に入るかどうかは、世代によって分かれるかもしれない…。

(3)編集部へのエール

 建築系雑誌のなかで「紙メディアの抵抗」を最も熱く感じるのが建築知識です。その挑戦心には同じ紙の編集に関わる人間として勇気を与えられています。

 欲を言うと、その特集のアグレッシブさに比べて、巻末の連載群が大人しすぎるのではないかと…。巻末ももっとはじけた企画を並べた方がさらに魅力が増すのではないでしょうか。

■「建築知識」2020年4月号
発行:エクレナレッジ、編集発行人:澤井聖一、月刊、定価1720円(税込み) http://www.xknowledge.co.jp/_kenchi/kenchi_index

 ふう、建築知識だけでこんなに熱く語ってしまった…。実は建築知識および発行元のエクスナレッジについてはまだまだ書きたいことがあったのだが、皆さんが引いてしまいそうなので、少しペースを上げて、次の「Casa BRUTUS」に進もう。

ときに専門誌を超える「Casa BRUTUS」

 「Casa BRUTUS」(以下、カーサ)2020年4月号の特集は「2020年京都の旅」だ。

 カーサ編集部の人たちは「建築系」と分類されるのを嫌がるかもしれないが、カーサはときとして建築専門誌のクオリティーをしのぐ建築系特集を掲載する。この号はその好例だ。

 カーサはすでに次の5月号「うつわとごはん」が発売されているが、私がジュンク堂で大人買いした4月7日時点では京都特集の4月号が最新号だったので、公平を期して4月号をレビューする。というか、こちらの方が建築好きには必見なので、今からでもぜひ4月号を手に取ってみてほしい。

(1)ほかの雑誌にない独自性

 まず掲載の早さだ。この京都特集は、京都市京セラ美術館が核となっている。コロナ騒動がなければ、この美術館は4月11日にオープンしていた。オープンのほぼ1カ月前にこの特集号が出て、ゴールデンウイークの京都旅行を誘う役割だった。(京都市京セラ美術館は5月6日まで開館を延期)

 気になっていた新風館のリニューアル(エースホテル京都、デザイン監修:隈研吾)も取り上げている。これも早い! オープンしてから1年たって載ったりすることもある建築専門雑誌とは瞬発力が違う。それでも、掲載された写真に「追い込み中」のバタバタ感はない。取材する側もされる側も、さぞや段取りが大変だろう。(エースホテル京都は4月16日に開業を予定していたが、5月21日に延期)

 早いだけではなく、「古くて新しい情報」もある。この号でいえば、「杉本博司が案内する おさらい京都の名建築」という第二特集。建築家・藤井厚二(1888~1938年)の住宅などをずらっと現地取材している。聴竹居は私も行ったことがあるが、小川邸、喜多源逸邸は見たことがなくて悔しい! そんなマニアックさもカーサの特質だろう。

 そして、建築専門誌との圧倒的な違いは「建築周辺」の情報の豊富さだ。京都の陶器、レストラン&バー、骨董品なども取り上げる。実際に京都に行くなら、建築を見るだけではなく、お土産も買うし、食事もする。それらのお薦めをさらりと見せる。この辺りは、マガジンハウスの人たちはベースとして備えている知識なのだろう。とても太刀打ちできない。

(2)なるほど!と感心した伝え方

 まず写真がいい! 建築が主役ではあるけれど、説明的になり過ぎない。建築側の主張ではなく、あくまで「写真」として感じるものがあるかでチョイスしているのだろう。建築雑誌を30年やってきた人間にはなかなかこれができない。

 そして、「目利き」を立てることのうまさ。先の「杉本博司が案内する おさらい京都の名建築」はその1つ。単に藤井厚二の住宅を並べるだけだったら、建築の専門家でも読まないかもしれない。「杉本博司が案内する」というので、何だろうと読んでしまう。実際、知らなかったことがいろいろと書いてあって、ためになった。

 このほかにも、「あの人の2泊3日京都旅のシナリオ。」という企画があり、皆川明(ミナ ペルホネン)、伊藤直樹(京都造形芸術大学教授)、ロマーン・アロンソ(COMMUNE)らが旅のコースを提案している。旅の内容を通して、旬の人たちのプロフィルも知ることができる。うまいなあと思う。

(3)編集部へのエール

 ゴールデンウイークに京都には行けなくなりましたが、この京都特集は事務所保存版確定のクオリティーでした。

 このセンスでいつかガチの建築ハウツー書もつくったみてほしいです。「×××で読み解く建築基準法」みたいな。「幻獣」ではない何で読み解いてくれるのか、想像するとワクワクします。

■「Casa BRUTUS」vol.241 2020年4月号
発行:マガジンハウス、編集長:Yoichi Nishio、月刊、特別定価990円(税込み) https://casabrutus.com/

やっぱり必読です!「日経アーキテクチュア」

 古巣なのであまりほめるのもどうかと思うが、フリーになってもやっぱりこの雑誌は必要だと、改めて思った。パラパラめくっていると、建築を取り巻くもろもろのことが大体分かる。

 ご存じない方もいるかもしれないが、日経アーキテクチュアの記事は、すべてWEBでも読める(ただし非読者は有料会員登録が必要)。なので、タイトル部にリンクを張っておく。内容を理解するのには紙の方がお薦めだが、出先や後から調べるときには、WEB版はかなり重宝だ。

(1)ほかの雑誌にない独自性

 4月9日号の特集は「4月施行! 改正民法で契約が変わる」。そして、トピックス(第二特集的な読み物)は「防火・避難設計に“新常識”」。世の中はコロナ一色だけれども、建築実務者の皆さん、4月施行の重要な法改正がありますよ。知っていないとやばいですよ。と、危機感を煽る号だ。

 法改正の影響解説は日経アーキの真骨頂なので、安心してページをめくれる。同じ法規解説記事でも、「建築知識」は専門家の寄稿を前提としているので、おそらくこうした「実務者への影響」を核とした予測は難しいのではないか。

 社会性を標榜する日経アーキだから、もちろんコロナの話題も取材している。前号でいち早く、「年度末の建築界を直撃、新型コロナ・ショック」という記事を掲載していて、さすが!と思った。今号は「コロナ病院、急速施工の秘密」というタイトルで、中国・武漢の新型コロナ病院建設のプロセスをリポートしている。WEB版でもちらっと読んだが、やはり紙の方が全体が頭に入る。

(2)なるほど!と感心した伝え方

 五輪が延期になって予定していた記事が流れるからなのだろうか。予想外の新連載が始まった。コラム名は「建築紀信」。建設現場をあの篠山紀信氏が撮る。もともと土木雑誌の日経コンストラクションでやっていた「現場紀信」の出張企画だ。

 日経アーキ進出の初回は、「虎ノ門・麻布台プロジェクト」。計10ページのグラビアだ。細かい説明写真は一切なし。見開き写真×5枚。大迫力だ。さすがは篠山先生。これはできればWEB版ではなく、紙で見てほしい。

 それより前のページに戻ると、もう1つ現場の記事が。新宿住友ビル・三角広場の建設現場をリポートした「超高層空地に『巨大』広場増築」。こちらも、写真3点だけで4ページを構成した迫力のグラビアだ。

 この号はなぜこんなに現場写真がゆったり掲載できるのだろうと思って、改めて目次を見てみると、毎号ほぼ載っている「フォーカス建築」(新築プロジェクトのグラビアリポート)がこの号にはない。どうしてだろう。でも、それに気づかないほど現場の記事が印象的だった。現場グラビアは日経アーキの1つの売りになるかも、と思わせた。

(3)編集部へのエール
 
 今年も定期購読しますよ!

■「日経アーキテクチュア」2020年4月9日号
発行:日経BP、編集長:佐々木大輔、定価1800円(税込み)、月2回刊、年間購読(24冊):2万4900円(税込み) https://xtech.nikkei.com/media/NA/

 次回以降は下記にリンク。
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