池袋建築巡礼06:傑作「I.W.G.P.」を生んだ(かもしれない)双塔の都税事務所──大江匡氏を偲ぶ03

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 今回は、この建築の話である。この一画は池袋駅前再開発の対象地域で、遠からず姿を消すかもしれない。 

(写真:宮沢洋)

 その前に、「池袋ウエストゲートパーク」というテレビドラマを見たことがあるだろうか。以下、ウィキペディアから引用させていただく。

 2000年4月14日から6月23日まで毎週金曜日21:00~21:54に、TBS系の「金曜9時」枠で放送された日本のテレビドラマ。主演は長瀬智也。脚本は宮藤官九郎。チーフ演出は堤幸彦。通称およびドラマ内での愛称は「I.W.G.P.」。(ウィキペディアより)

 脚本家としての宮藤官九郎が注目を浴び、堤幸彦のニッチな演出がメジャーに躍り出るきかっけとなった傑作ドラマだ。昨年秋からついこの間まで、アニメもやっていた。

 原作は石田衣良の「池袋ウエストゲートパーク」。再びウィキペディアより。

 (石田衣良は)36歳の時に小説家になることを決意し、数々の新人賞に応募。1997年、それまで応募したことのなかったミステリーの賞に応募したところ、第36回オール讀物推理小説新人賞を受賞。そのデビュー作が「池袋ウエストゲートパーク」である。(ウィキペディアより)

 小説が発刊されたのが1998年。ドラマが2000年。私は、知人が池袋住まいだったため、1990年ごろから池袋でよくうろうろしていたのだが、「池袋ウエストゲートパーク」が何を意味するのか、ドラマを見るまで分からなかった。やんちゃな若者たちの話とは聞いていたので、ゲームセンターかクラブの名前かと思っていた。

 ドラマを見て、目からウロコ。そうか、池袋西口公園だったか! 「ウエストゲート」=「西口」、「パーク」=「公園」。驚くほど直訳。でもダサかっこよくて、池袋っぽい。

池袋西口公園。左奥が東京芸術劇場。手前のリングは2019年に新設された「GLOBAL RING(グローバルリング)」

「I.W.G.P.」と向かい合う「東京都豊島合同庁舎」

 池袋西口公園は、豊島区が豊島師範学校跡地に整備した公園。隣接する東京芸術劇場(設計:芦原義信、上の写真の左側)と一体的に整備され、1990年に完成した。

 で、ようやく本題のこの建築である。1996年に大江匡(ただす)氏の設計で完成した「東京都豊島合同庁舎」だ。

 西口広場の北側に、バスターミナルを挟んで立つ。都税事務所と都税を扱うコンピューターセンターが入る庁舎だ。地下6階・地上7階。「地下6階」というのは間違いではないかと思ってしまうが、地下にコンピューターセンターが納まっているのだ。

 7階建ての地上部は、2基のエレベーターの上部に、弓状の屋根がそれぞれ架かる。壁は土壁を思わせる左官仕上げ。そこに丸い穴が規則正しく並ぶ。東京都の庁舎とは思えない、スタイリッシュな外観だ。だが、この建築は私の知る限り、どの建築雑誌にも載っていない。

 大江氏に直接この建築の話を聞いたこともない。ネットで調べると、東西アスファルト事業協働組合の講演記録(1996年)の中に、この建物に触れている部分が見つかった。

 若者が集まることで最近よくテレビなどに出てくる西口広場に面しています。この建物の中身は税務署で、地下にはコンピューター・センターが入っています。ほとんど公共的なプログラムにないものです。

 実は都市の中のほとんどの建築は公共性をもっていません。建築家は都市の中の公共性を主張しますが、そのようなプログラムをもってないことが多い。(中略)ここは商業地区で、池袋駅西口の広場に建つのですが、それ自身はまったく公共性がないプログラムになってるわけです。

 私がここで考えたのは、ある広場、例えば都市の広場に対して塔が建つことによって、何かをシンボライズするわけです。つまり外部の空間を生み出す方法論があるということです。日本では鳥居がありましたし、ヨーロッパの広場に塔があります。塔自身には機能はありませんが、外部の機能として塔が存在するという方法論はあるわけです。そういった方法論で、塔が存在するような建築を考えました。(ここまで大江匡氏/東西アスファルト事業協働組合の講演記録より)

確かに、この建築以外は西口広場側に背を向けて立っているように見える

室内の写真は撮影できず…

 公共建築なのに公共性が全くないビルディングタイプ──。まさにその通りで、20年池袋で暮らしている私もこれまで中に入る機会が一度もなかった。今回、この記事を書くために、職員にお願いして中を見せてもらった。けれども、「写真は絶対ダメ」ということでお見せできない。税務の施設ということでセキュリティーが厳しいのは分からなくはない。でも窓際くらいなら撮ってもいいのではと交渉したが駄目だった。おそらく、この建築がどの建築雑誌に載っていないのも同じ理由だろう。

 写真は撮らせてもらえなかったのだが、執務フロアに入って分かったことは、外観の特徴の1つである丸い穴は、執務室側からはほとんど見えない、ということ。壁の外側に壁を立てて、穴を空けているようだ。なぜ、わざわざと思うが、先の講演録にヒントがあった。

 もう1つ厄介なことに、税務署のような公共機関は午後五時に終わってしまいますが、この街は五時以降が大切な街であることです。そういう街に対して公共性をもった建築─公共性はないのですが─公共が建てた建築物がどのような貢献をすべきかと、ここでは塔をライトアップすることを主張して実現しました。(大江匡氏)

 おそらく丸窓は夜景を印象的に見せるためのものなのではないか。だが、私は塔や丸穴が光で浮かび上がる姿を見た記憶がない。いつからか、ライトアップはもったいない、ということになったのもしれない。見たいなあ…。

近くの「分室」も大江氏の設計

 そして、これもどの建築雑誌にも載っていないが、池袋西口にはもう1つ、大江氏が設計した公共建築がある。東京都豊島合同庁舎から西に50mほど、丸井の裏に立つ東京都豊島合同庁舎分室だ。この曲面の外壁、合同庁舎(分室でない方)の壁から飛び出た部分と似ている。「兄弟」あるいは「親子」を表現したのだろうか…。

 これも、入ってみたくなる外観。だが、部外者は入れない。入り口がどこかすら分からない、なんとも不思議な建築だ。大江氏が2000年代以降、ほぼ公共建築を手掛けていないのも、これらのやりとりに思うところがあったのかもしれない。

 そんなわけで、これらが大江氏の代表作であるとは私も思っていないのだが、再開発で大きく変わっていくであろう池袋に、大江氏のこんな建築があるということを知ってほしかったのである。池袋民の1人として、大江氏に大変お世話になった人間の1人として…。今日、1月31日は、大江氏が65歳で急逝して 1年目の命日である。合掌。

芸術劇場に向け“空に架かるゲート”

 そして、冒頭に長々と「池袋ウエストゲートパーク」について書いた言い訳を最後に。

 私には、東京都豊島合同庁舎の2つの弓形屋根が、東京芸術劇場に向かって虹のような点線を描く「ゲート」に見えるのである。

空にゲートが見えませんか?

 原作者の石田氏も、この“空に架かるゲート”を感じたのではないか、と想像してしまうのだ。そうでなければ単に西口を「ゲート」とは訳さないのでは…。石田氏が原作小説を発表したのは、この建物が完成した2年後。真新しい双塔のビルを当然、何度も見上げたはず。この建物がなければ、あの傑作ドラマも生まれなかったかも…。

 それは妄想に過ぎないが、意外に知られていない事実も1つ。大江氏は東京大学建築学科時代、芦原義信教授に意匠計画を学んでいた。そう、“空に架かるゲート”は、師・芦原義信氏の建築に架かるゲートでもあるのである。(宮沢洋)

大江匡(おおえただす)氏。1954年、大阪生まれ。77年、東京大学建築学科卒業。卒業計画賞(辰野賞)受賞。77~84年、菊竹清訓建築設計事務所。85年にプランテック総合計画事務所を設立。87年、東京大学大学院工学建築研究科修了。2005年、プランテックアソシエイツ代表取締役。主な建築に、ファンハウス(94年、JIA新人賞)、東京都豊島合同庁舎(96年)、細見美術館(98年、BCS賞)、SANKYO新東京本社ビル(99年)、玉川高島屋S・C新南館(03年)、ソニーシティ(06年)など。2020年1月31日逝去(写真:プランテックアソシエイツ)

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参考:池袋駅周辺のまちづくり動向(豊島区資料)