「灯台下暗し」とはまさにその通りで、私(宮沢洋)は池袋にこんな“世界唯一”があるとは今まで知らなった。池袋西口のシンボル、「東京芸術劇場」(1990年竣工、設計:芦原義信)の大ホールにあるパイプオルガンのことだ。いや、パイプオルガンの存在自体はこの施設ができたときから知っていた。そのパイプオルガンがこんなにエンターテインメントなものであることを30年間知らなかったのである。
去る5月27日に、「東京芸術劇場ランチタイム・パイプオルガンコンサート Vol.144」に行ってきた。4月下旬、FMラジオで、そういうイベントが定期的に行われていることを、東京芸術劇場(以下、芸劇)の人が話していたのだ。イベントの詳細は、公式サイトからのコピペで↓。
「東京芸術劇場ランチタイム・パイプオルガンコンサート Vol.144」
パイプオルガンの音に耳を澄ませ、お昼休みに安らぎの時間を芸劇コンサートホールのシンボル、パイプオルガンの音色を気軽にお楽しみいただけるコンサート。1999年より始まったランチタイム・パイプオルガンコンサートは、ワンコイン(500円)で開催。平日の午後、充実した時間を過ごしてみては。
500円で生のパイプオルガン? まず、そこにびっくり。そういえば、中ホール(プレイハウス)では演劇を見たことがあるけれど、大ホール【コンサートホール)には入ったことがない。500円でどんな内容なのかを見てみると……。(再び公式サイトより↓)
日程:2021年05月27日 (木)12:15 開演(11:15開場 12:45終演予定)
曲目:
M.ヴェックマン/第1旋法による5声の前奏曲
D.ブクステフーデ/コラール「天にまします我らの父よ」 BuxWV219
J.S.バッハ/フーガ イ短調 BWV543/2
A.ヴァメス/鏡
J.S.バッハ/コラール「われを憐れみたまえ、おお主なる神よ」 BWV721
K.ヨハンセン/火の踊り
(♪ルネサンス&バロック&モダン・オルガンを使用)
出演:オルガン:大平健介
お昼休みの30分間に6曲もやるのか。演目にバッハも入っており、クラシックにさほど詳しくない私にはちょうどいい。ということで、予約センターに電話してチケットをとり、行ってみた。
500円を握りしめ、いざ芸劇!
Office Bungaの事務所から芸劇までは徒歩5分。アトリウムの1階、ボックスオフィスでチケットを受けとり、エスカレーターをL字に乗り継いで5階へ。芸劇は、2つの小ホール(シアターイーストとシアターウエスト)の上に中ホール(プレイハウス)、その上に大ホール(コンサートホール)と、3段重ねになっている。
大ホールの内部はこんな感じ↓だ。おお、真正面にクラシカルなパイプオルガン。絵になる。
予約した席は2階席。予約センターの女性が「パイプオルガンは2階の方が見やすいですよ」とお薦めしてくれたので、それに従ったのだ。座ってみてその意味が分かった。パイプオルガンの奏者は、ステージではなく、2階席レベルのバルコニーみたいなところで演奏するのだ。私のように芸劇パイプオルガン初体験の人は覚えておいてほしい。
音がすごいうえにこんな演出が…
演奏が始まる。なんという音の回り方! 全方向が音に包まれているよう。ほかのパイプオルガンと比較するほどの知識はないが、私がこれまで聴いたオーケストラとは音の回り方がかなり違う。特にバッハ(3曲目の「フーガ イ短調」BWV543/2)は音が響く。だからバッハなんだなあ。(ちなみに 「BWV」というのは、Bach-Werke-Verzeichnisの略で、直訳だと「バッハ-作品-目録」←後で音楽通の友人に聞いた)
3曲目のバッハで「500円の元はとった」と思っていたのだが、そこからさらにびっくり。3曲目が終わると、セッティングを変えるのでその間の写真撮影はせぬように、とのアナウンス。は? どういうこと? ぼんやり見ていると、巨大なパイプオルガンが3つの軸でゆっくりと回転を始めた。数分かけて180度ぐるっと回ると、それまでと違う全体が銀色のパイプオルガンが現れるのだ。
回転する最中が撮影禁止なのでビフォー・アフターで。まず、前半はこれ↓。
そして、回転後の後半用はこれ。
デザインがSF的! スターウオーズに出てきそう!
ロビーにあった模型で見ると、回転の仕組みが分かる。
まるでドリフターズの舞台転換……。私のように何も知らなかった人は、口あんぐり状態だ。30分・500円で何というエンターテインメント性。
どうしても回転する様子を見たい人はこちらYouTubeの投稿を。
後半用のパイプオルガンは見た目だけでなく、音色も前半とまるで違う。一般的なパイプオルガンからイメージされる太い音色とは全く違って、フルートのような軽快な音色。あんな巨大な楽器からこんな音が……。後半にもバッハの曲があったのだが、全く別人の曲のように聞こえた。
こんな大仕掛けがあることを、完成時の建築雑誌で読んだ記憶がない。当時の『新建築』を読み返してみると、「クラシックとモダンの2通りを演出できるように、回転盤の上にセットした」とサラッと書かれていた。
芸劇の公式サイトではこう説明されている。
このコンサートホールは現代的な装いをもっています。ここにヨーロッパの教会オルガンのようなデザインをもってきたのでは調和しません。一方、17~18世紀のオルガン音楽が鳴ったとき、それに相応しい外観も欲しくなります。このジレンマを解決するために、回転方式を考えました。オルガンケースは背中合わせに2つ作り、第1の面はいわばクラシックの顔、第2の面はモダンな顔にしました。
前者はヨーロッパの伝統に沿った形で、後者はホールとの調和をとりながら、より自由な発想で作りました。この結果、ホールの美観の点でも、楽器の伝統の点でも、それぞれの長所を最大限に生かすことができたと考えています。
誰の文責なのか分からないが、「美観の点でも」と言う辺りから、設計者の芦原義信がそう判断したと考えるのが妥当だろう。
音響設計を担当した永田音響設計のサイトには、さらに詳細が記されていた(興味のある人はこちらへ)。楽器のメカニズムや調律については私の理解を超えているが、驚いたのはこの記述。
このオルガンはクラシック、モダンという二つの顔をもつが、本劇場の建築家、芦原義信氏の意向により、モダンのファサードがオルガンの標準的な設定位置となることとなった。
つまり、芦原は SFみたいなモダン↓の方を「表」と考えていたのである。攻めてるなあ。
この回転装置は私が知らないだけでよくあるものなのかと調べてみると、2002年放送の「出没!アド街ック天国」(テレビ東京)では、「世界唯一の回転式パイプオルガンを有する大ホール」と紹介されていた。その後の20年でほかに回転式ができたのかは調べ切れなかったが、“ 世界にほとんど例のない珍しさ”と言って間違いはないだろう。本格さ+面白さ+珍しさ。これは池袋の誇りだ。
お隣、目白の「東京カテドラル」でもパイプオルガンの会
次回のランチタイム・パイプオルガンコンサートは、9月14日 (火)12:15~の予定。ただし、演目を見ると、「モダン・オルガンのみ使用」と書かれており、パイプオルガンは回転しないようだ(SFの方のみ使用)。
それでも素晴らしいのだとは思うが、やっぱり回転が見たいというエンタメ好きな人は、こちらへ。
東京芸術劇場ナイトタイム・パイプオルガンコンサート Vol.38
2021年10月14日 (木)19:30 開演(18:30ロビー開場 20:30終演予定)
詳細はこちら
これは「30分・500円」ではなく、「1時間・1000円」のナイトタイム講演だが、こちらは演目を見ると、パイプオルガンの回転ありのようだ(念のため予約時には確認を)。
そして、この記事を書くにあたりいろいろ教えてくれた音楽通の友人が、こんな耳寄り情報も教えてくれた。丹下健三の傑作、東京カテドラル(1964年、東京都文京区関口3-16-15)では、毎月、パイプオルガンを聴く会をやっているというのだ。詳細はこちら。
今はコロナのため休みとなっているが、9月から再開するようだ。あのコンクリートで囲まれた空間で パイプオルガンがどんな響きになるのか。今度、聴きに行ってみよう。
パイプオルガンについて書くだけで熱くなり過ぎてしまったので、芸劇の建築的な魅力やこれまでの変遷については次回に。(宮沢洋)
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