高架下建築図鑑02:3つの高架下空間を一体再生した「日比谷OKUROJI」、建築が背景に徹する/画:遠藤慧

Pocket

「高架下建築図鑑」は鮮やかな水彩イラストが人気の遠藤慧さんとともに、高架下建築の魅力と奥深さをひもとく連載だ。2回目は、JR有楽町駅と新橋駅の間の高架下に2020年9月に開業した商業施設「日比谷OKUROJI(オクロジ)」を訪れた。

【取材協力:ジェイアール東日本都市開発】

3世代の高架橋が並立、それぞれの歴史が伝わるように

 日比谷・銀座・有楽町・新橋という4つの繁華街の結節点に位置する「日比谷OKUROJI」。全長は約300mで、その中央を天井の高い共用通路が貫く。通路を歩くと奥まで長く真っ直ぐに視線が抜け、傍らに歴史ある煉瓦アーチも続く。この空間体験は数ある高架下空間のなかでも得難いものだ。

(画:遠藤慧、以下の3点も)

 ここの鉄道高架橋は建設年代が3つに分かれる。最初に出来たのは西側の煉瓦造アーチ式の高架橋で、1910(明治43)年に使用開始し、現在は山手線と京浜東北線が走る。真ん中の東海道本線の高架橋は鉄筋コンクリート造で、1942(昭和17)年に使用開始。東側の高架橋も鉄筋コンクリート造で、1964(昭和39)年に開業した東海道新幹線のものだ。

 100年以上にわたり現役の煉瓦アーチ部分は日本初の鉄道高架橋で、当時のドイツ人鉄道技師がベルリンの高架鉄道をモデルに煉瓦アーチの高架橋を提案し、それが原案となった。煉瓦アーチ橋は旧外堀沿いに建てられ、その後、外堀を埋め立てて東海道本線や東海道新幹線の高架橋が建てられたという。

煉瓦アーチ高架橋の完成時(出典:鉄道院東京改良事務所『東京市街高架鉄道建築概要』1914年)

 また、東海道本線の高架橋は鉄筋コンクリート造だが、昭和初期の土木構造物に多く見られるように梁にアーチ形状を採り入れている。前述の共用通路はこの高架下部分に設けられており、ライトアップによりアーチが一層美しく見える。そして、東側の高架橋は1964年の東京オリンピックに合わせて東海道新幹線が開業したという歴史を刻む。

 つまり「日比谷OKUROJI」は、3種類の高架下空間を一体に開発・再生した商業施設というわけだ。開発に当たっては高架躯体の歴史が肌で感じられることを重視し、そのために高架下建築は主張を抑え、背景に徹するようにつくられている。

東海道本線の高架下に設けられた共用通路。アーチ形状は昭和初期の土木構造物に多く見られる(写真:長井美暁、以下も)

JR2社の協業開発により生まれた“奥路地”

 前述の路線名でピンときた人もいるかもしれないが、東海道新幹線はJR東海、それ以外はJR東日本の管轄だ(東海道本線は熱海駅までJR東日本の管轄)。だから高架橋の用地も所有が分かれる。さらにJR東海の用地は有楽町駅側と新橋駅側の両端でしか接道していない。

 以前のこの高架下空間は、世間から取り残されたように手つかずの状態だった。新聞の配達所や製氷所、タクシーの駐車場などが入り、街のバックヤードのような使われ方で、立地の良さが生かされていなかった。このエリアポテンシャルを最大限に引き出すには、所有区分にとらわれず、会社の枠を超えて開発を行う必要があるのではないか。そこでまず、JR東日本、JR東海それぞれの不動産関連会社であるジェイアール東日本都市開発と東京ステーション開発が開発構想を検討する勉強会を進めることになった。

 「開発構想は2010年頃に始まり、最終的にJRの2社が協業に合意したのは2017年でした」と交建設計の渡辺栄治氏が振り返る。同社は駅舎をはじめ鉄道関連施設を中心に様々な建築の設計を全国で手がけている。「日比谷OKUROJI」には計画当初から関わり、基本調査設計を含めて設計を担当した。

 JRの2社はそれぞれの所有地の資産価値を判断し、新施設の配置計画の方向性を検討するために、交建設計に基本調査設計を依頼。それが、JR東海の高架下にJR東日本グループが開発・運営する「日比谷OKUROJI」、JR東日本の高架下にJR東海が開発・運営する「日比谷グルメゾン」ができる発端となった。

 最終的な開発面積は、JR東日本グループが約8600㎡、JR東海グループは北西側の約1700㎡。「日比谷OKUROJI」が活用する新幹線の高架下は2層になっており、1階は店舗、2階は各店舗のバックヤードなどに使われている。

「日比谷OKUROJI」の有楽町駅側のエントランス
「日比谷OKUROJI」の有楽町駅側のエントランス方向を内部から見る

誰もが気軽に利用できる共用空間がたっぷり

 日比谷や銀座の「奥」に位置し、高架下通路の秘めたムードが「路地」のようであることが名称のもとになった通り、「日比谷OKUROJI」は歩いていて楽しい。全長約300mを生かした共用通路では各店舗が高架橋の躯体で見え隠れし、所々にニッチなスペースも共用空間として介在。それらが相俟って路地感を高めている。

 歳月を重ねた煉瓦は雄大な時の流れや過去の人々の営みなどを感じさせる。隙間から植物が顔を覗かせているのを見ると、その逞しさに思わず笑みがこぼれる。経年劣化で漏水が生じている場所もあえてそのままにしている。渡辺氏は「建築工事に入る前に高架橋の耐震補強や補修、美装化など様々な基盤整備が土木側の工事で行われました。このときに土木雨水の処理も行っていますが、煉瓦造であることから漏水を完全に避けることはできません。隙間からにじみ出る水は隠すことなく床面の砂利で受けることにして、古い高架橋の雰囲気を残すように処理しています。今ではそこからシダ植物が生え始めたりして一層歴史を感じることができます」と話す。

施設内の煉瓦躯体の様子。よく見ると、植物が!

 共用通路・空間がゆったりしていることはこの施設の大きな特長だ。商業施設では少しでも多く貸し付け面積を確保するのが常だが、この施設は「誰もが気軽に利用できる地域のインフラ」として価値ある場所に再生することを目指した。渡辺氏は「中通路を設けず店舗を詰め込む案のほうが事業収支は良いかもしれませんが、以前と同じ開発手法では何も変わらない。今回のように用地がまとまって空くことはめったにないので、若手の発想を好むジェイアール東日本都市開発側のリーダーが『やってみようじゃないか』と中通路案を推したんです」と語る。

 共用通路では高架躯体を間接光でライトアップして、気持ちよく歩ける空間をつくっている。「土木躯体をライティングすると、空間がぐんと広がって見えます」と渡辺氏。躯体を白く塗装しているので実際の照度以上に明るく、天井も高く感じられる。このために土木側に協力してもらい、コンクリート片の剥離落下対策としてメッシュを貼って塗装するときの色を通常のグレー系ではなく白色系で行った。

 高架躯体にはアンカーボルトを打てないので、照明器具は高架柱に「バンド留め」している。照明取り付け用の黒ボーダーハチマキは高架躯体を傷めず、かつ様々なサイズの柱に適用するように調整可能で、配線用のパイプを兼ねて落下防止パイプもさりげなく付いている。

高架躯体を間接光でライトアップ

 通路の一角にはベンチを備えた広場もあり、部分的な解体工事で撤去された煉瓦のうち状態の良かったものがベンチ下の床面に再利用されていて、来訪者はちょっと腰を下ろしたときにも昔の高架下の面影に触れることができる。

広場のベンチ下に古煉瓦を再利用
新橋駅側のエントランス横に秘かに設けられたベンチ。この座面にも部分的な解体工事で撤去された古材を利用

土木一体構造による、形らしい形のない建築

 エントランスは有楽町駅側と新橋駅側の他に、公道に面した西側にも4つ設けている。人の流れを呼び込み、回遊性を高めるためだ。この4つのエントランスは、実は東京消防庁の高架下消防指導基準に従って50mごとに設けた通り抜け通路を生かしたもの。様々な法的条件や制約があるなかで、バランスをうまく取っている。

西側のエントランスのひとつ

 敷地は道路レベルよりも少し低い。西側の道路から見ると、各店舗が半地下になっていることが分かる。店舗スペースは「土木一体構造」でつくられていて、煉瓦アーチ側では各アーチの妻面に店舗ファサードをつくり、新幹線側は土木一体構造と鉄骨構造を掛け合わせて店舗スペースを構成。高架下といえども建築基準法はかかってくるから、高架下の店舗を法的に成立させるために、高架橋の構造や高さなどの条件を関係各所と粘り強く協議を重ね、高架橋の魅力を最も引き出す形で店舗をつくることに努めたという。

西側の外観。アーチごとにテナントが入る。アーチ内で中央部分が出っ張り、両側が引っ込んでいるのは、店の明かりが見えるようにするためと、排気用のガラリを設けているため

 煉瓦アーチ側の店舗の内部には、漏水受けを兼ねる設備取り付け用の鉄骨を設けている。新幹線側の棟においても、出入口部分の店舗空間を確保するためだけでなく、設備の設置スペースや換気ルートの確保の必要もあり、鉄骨造による新築部分を付け加えている。

 渡辺氏は「高架下建築では設備の解決も難しいところです」と話す。この施設では店舗の空調室外機の風を利用して、高架下全体で空気の流れをつくるように計画されている。煉瓦アーチ側の店舗も同様で、このため配管が共用通路を横断している。

 高架躯体を引き立たせるため、そして高架下だからこその建築の工夫。“奥路地”を散策しながら、その数々に注目してみてほしい。途中でひと息つきたくなったら、広場のベンチに座り、施設内で売っている美味しいお団子をぜひどうぞ。(長井美暁)

【用語解説】
・アンカーボルト:構造部品や設備機器などを据え付けるために、コンクリートに埋め込むボルト。船舶の錨(anchor)が語源。
・妻面:建築では長手方向の端部で、棟と直角をなす壁面を指す。「妻」「妻側」「妻壁」とも呼ばれる。
・ガラリ:ドアや窓などに幅の狭い横板を一定の傾斜を持たせて何枚も取り付けたもの。直射日光や視線を防ぎ、空気を通す。「ルーバー」とも呼ばれる。

■著者プロフィル

遠藤慧(えんどうけい):一級建築士、カラーコーディネーター。1992年生まれ。東京藝術大学美術学部建築科卒業、同大学院美術研究科建築専攻修了。建築設計事務所勤務を経て、環境色彩デザイン事務所クリマ勤務。東京都立大学非常勤講師。建築設計に携わる傍ら、透明水彩を用いた実測スケッチがSNSで人気を集める。著書に『東京ホテル図鑑: 実測水彩スケッチ集』(学芸出版社、2023)。講談社の雑誌『with』にて「実測スケッチで嗜む名作建築」連載中

長井 美暁(ながいみあき):編集者、ライター。日本女子大学家政学部住居学科卒業。インテリアの専門誌『室内』編集部(工作社発行)を経て、2006年よりフリーランス。建築・住宅・インテリアデザインの分野で編集・執筆を行っている。2020年4月よりOffice Bungaに参画。編集を手がけた書籍に『堀部安嗣作品集 1994-2014 全建築と設計図集』『堀部安嗣作品集Ⅱ 2012-2019 全建築と設計図集』(ともに平凡社)、『建築を気持ちで考える』(堀部安嗣著、TOTO出版)、編集協力した書籍に『安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言』(日経アーキテクチュア編、日経BP社)など

ジェイアール東日本都市開発のサイトはこちら↓

※本連載は2カ月に1度、掲載の予定です。これまでの記事はこちら↓

(ビジュアル制作:遠藤慧)