世界と競う先端企業が研究開発に求める空間は? 大成の答えは「落ち着きあるワクワク」

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 「半導体不足、広がる影響 エアコン生産にも波及」(日本経済新聞2021年9月1日付)、「9月の欧州新車販売、26%減 半導体不足の影響拡大」(同10月15日付)──。世界的な半導体不足は、「需要の急拡大」と「供給体制のひっ迫」のダブル・ダメージによる。前者は主に、テレワークの増加もあって通信機器や電子機器の需要が増加していること、後者は主力製品が製造できる生産ラインへの移行が進んでいないことが理由とされる。

完成したばかりの宮城技術革新センター(写真:宮沢洋、特記を除き以下も)

 なぜ、唐突に半導体市場の話をしているかというと、ここでリポートする「宮城技術革新センター」は、半導体を製造する装置を開発・製造・販売する東京エレクトロングループの研究開発施設だからだ。同社のこの分野でのシェアは国内首位、世界第4位だ。一般の人との接点は少ないが、テレビCMで「TEL」というロゴを見たことがあるのではないか。

 そういう世界の最前線で競わなければならない先端企業の研究開発施設とは一体どういうものなのか。宮城県大和町の「大和町テクノヒルズ」(仙台から車で30分ほど)に完成したばかりの宮城技術革新センターを見学できるというので、「滅多にないチャンス!」と見に行ってきた。設計・施工は大成建設だ。同社設計本部建築設計第六部設計室(宮崎伊佐央)の勝又洋シニア・アーキテクトと石渡友輔プロジェクト・アーキテクトが案内してくれた。

南側上空から敷地全体を見る。右手前が今回完成した新棟(写真:写真工房N 永野洋)

 29万㎡超の広大な敷地には、既存の開発棟、生産棟、第二開発棟、物流棟、事務棟が立つ。車寄せのある事務棟(上の写真の左右に細長い建物)とブリッジでつなげる形で、南東側の空きスペースに地上4階建ての新棟を建てた。既存施設はいずれも大成建設の設計・施工だ。

 勝又氏によると、新棟の設計初期にクライアントと共有した目標は、「ワクワクする施設づくり」だという。設計を開始したのはコロナ禍の以前だが、くしくも「そこで仕事をするのがワクワクするような環境でなければ、会社に来る意味がない時代」になった。 

 新棟を見た印象としては、「ワクワク」はするが、「ちゃらちゃら」はしていない。テーマパークのような内装のIT系企業のオフィスには個人的に抵抗があった(メディア受けだけを狙っているように見える)ので、メリハリがあり細部まで丁寧なつくりに共感した。

(写真:山内紀人写真事務所 山内紀人)

 まず、アプローチの風景がゆったりと落ち着く。工事の掘削残土をマウンドに活用することで、残土処分を最小限に抑え、環境に配慮したランドスケープを目指した。

 建物は箱形でシンプルだが、その分、南と西に大きく張り出す庇が印象的だ。

宮城県産のスギを多用

 玄関では土足を脱ぐ。これは精密機械を扱うためで、既存の施設も同じだが、新棟ではシューズロッカーを木製にした。これを見るだけでも「ありきたりのオフィス」ではないことが伝わる。

 1階の共用部(西側)はシューズロッカーだけでなく、木を多用した空間。来訪者と従業員の出会いを促す「Innovation Area」内のエントランスホールは、330インチの大モニターを備え、50人対応のイベントスペースにもなる。天井や、外部の庇の軒裏には県産のスギを使った。

  Innovation Area を北に進むと食堂、大階段で2階に上がると「TeLaSu」がある。TeLaSuは居場所や使い方を自由に選択できる空間だ。ここも県産のスギを多用。屋外のテラスにも出られる。

1階の食堂
2階のTeLaSu

  Innovation Areaの吹き抜け上部を南北に延びるブリッジは、吊り構造だ。吊り材が細くて揺れそうだが、全く揺れない。このブリッジを見るだけで、設計チームのディテールへのこだわりが分かる。

3~4階の中心部には予想外の開放的空間

 空間の目玉は3階、4階の中心を貫く 明るい吹き抜け空間だろう。従業員同士のコミュニケーションを活性化する空間だ。天井に不規則に並ぶ四角い穴から自然光が差す。トップライトではなく、直射日光による熱負荷を抑制するようにシミュレーションで綿密に検討されたハイサイドライトだ。

 外から見ると細長い水平窓が延びるだけの3階、4階に、こんな開放的なスペースが存在することに驚かされる。とはいえ、ランダムに自然光が入るからだろうか、落ち着かないということはない。ずっとここで仕事もできそうだ。

(写真:山内紀人写真事務所 山内紀人)

 大階段の下が掘り込み式の談話スペースになっている。これだけ明るいと、うす暗いところが落ち着くという人もいるだろう。階段のまわりの緑は人工観葉植物だそうだが、それでも緑があると心が癒される。

(写真:大成建設)

  明るい吹き抜け空間を取り囲むオフィススペース↑は、柔軟にレイアウトを変更できる3.6mグリッドのモジュールとした。

 外周部の水平連続窓は、開閉窓に加え、下部に自然換気装置を備え、室内の換気を促す。

 アートにも力を入れており、ほとんどはこの施設のために地域の学生が制作したもの。

 この作品↓は、「こけし」がモチーフという。なるほど!

 新棟は2021年10月から使用を開始した(見学したのはその直前)。勝又氏は、「働く場所が魅力的でなければ若くて優秀な人は集まらない。ここを見た学生たちが働きたいと思ってくれることを願っている」と話す。それは間違いなく叶うだろう。「若くて優秀」という条件からは外れるが、こんな職場だったら私は働いてみたい。いやそんなことはどうでもよくて、同社の優秀な社員が半導体の技術革新に寄与し、日本の産業を活気づけてくれることを願う。(宮沢洋)

設計を担当した大成建設設計本部建築設計第六部設計室(宮崎)の勝又洋シニア・アーキテクト(左)と石渡友輔アーキテクト

■建築概要
宮城技術革新センター
所在地:宮城県黒川郡大和町テクノヒルズ1番
敷地面積:29万569.93㎡
建築面積:7465.66㎡(全体9万7318.19㎡)
延べ面積:1万9094.60㎡(全体13万4021.69㎡)
構造:鉄骨造(ブレース付きラーメン構造)
階数:地上4階・塔屋1階