市村記念体育館再生まさかの「凍結」、それでも見たい山形市の第一小旧校舎再生「Q1(キューイチ)」 

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 佐賀県が文化施設への転用を目指していた「市村記念体育館」(設計:坂倉準三、1963年竣工)の施工入札が不成立となり、11月24日、県知事が「凍結」を表明した。

左が「市村記念体育館」、右がその再生計画の”兄貴分”的存在であった山形市の「Q1」(写真:宮沢洋、以下も)

  筆者(宮沢洋)はこの再生計画を凍結宣言の前から取材しており、元の建築の魅力や事業凍結の経緯などを古巣の『日経アーキテクチュア/日経クロステック』に書いた(下記の記事)。

転用計画が“凍結”に、模索続く「市村記念体育館」(日経クロステック2023年12月20日公開)

佐賀市城内にある市村記念体育館

市村記念体育館が目指した「ごちゃ混ぜ型再生」はこれだ!

 ぜひそちらも読んでいただきたいのだが、この記事で書きたいのは、市村記念体育館の利活用設計を担当していたオープン・エー(Open A)の馬場正尊氏が中心となって実現した山形市の公共建築再生「Q1」のこと。

山形市のQ1

 佐賀出身の馬場氏が市村記念体育館の再生で目指していた「ごちゃ混ぜ型再生」のリアル版がこれなのだ。2022年9月にオープンし、軌道に乗り始めている。筆者は実際に見に行った。だが、事業凍結になってしまったので、記事中ではそこまで深掘りする理由がなくなってしまい、触れていない。無念。

 しかし、この施設、市村記念体育館の関係者だけでなく、公共建築の再生(特にコンバージョン)に関わる人は全員見に行った方がいいと思える、ヒントに満ちた施設だった。

 本気で書くと1日がかりの超大作になってしまいそうなので、公式サイトの説明(太字)と、補足のキャプションでリポートする。施設内はQ1取締役の佐藤あさみ氏に案内してもらった。

 やまがたクリエイティブシティセンターQ1(キューイチ)は、 創造都市やまがたの共創プラットフォームです。映画をはじめ音楽やアート、デザイン、伝統工芸、食文化など さまざまな分野において優れた地域資産をもつ 創造都市やまがたの拠点として2022年9月にオープンしました。

 その名(キューイチ)が示す通り、山形市立第一小学校旧校舎(=旧一小)の記憶と物語を受け継いでいます。

 1927(昭和2)年に建てられたこの旧一小は、山形県初の鉄筋コンクリート造の学校建築。設計は、上山市出身の秦鷲雄と西川町出身の伊藤高蔵の二人による秦・伊藤設計事務所(当時)が担いました。また、建築構造学の第一人者で都復興院建築局長、東京市建築局長を歴任し、復興小学校の陣頭指揮をとった佐野利器(白鷹出身)が指導、助言したと言われます。この建造物はドイツ表現主義やアールデコの影響が見られるなど、構造としてもデザインとしても当時の日本の最先端のものでした。

竣工時の銘板が今も残る。下段の左の方に設計者である伊藤高蔵の名前がある

 以来、約80年に渡り山形市中心街の小学校としての機能を果たし、その役割を終えてからも、その歴史的価値から2001(平成13)年に国登録有形文化財に登録され、2009(平成21)年には近代化産業遺産に認定されました。

メイン入り口を入ると出迎える二股階段。手すりの支柱がアールデコ

 2007年、「山形市立第一小学校旧校舎保存活用に関する提言」に基づき、全館の耐震補強工事そして1階と地下1階の用途変更工事が行われました。2010(平成22)年からは、その1階と地下1階のみを使用し、観光・交流・学びの拠点施設「山形まなび館」として市民に利用されました(~2021)。しかし、その一方で、2~3階は壁や天井がすべて剥がされたまま閉ざされ、市民の立入りが禁止されてきたという経緯がありました。

 2022年に向け、「やまがたクリエイティブシティセンターQ1」として全館を再整備するにあたり、設計を担ったのは東北芸術工科大学教授である馬場正尊率いる設計事務所 Open Aです。特にその閉ざされてきた2~3階の壁や天井が荒々しく剥き出しされている躯体の姿をできるかぎりそのままに見せるデザイン、昭和2年の鉄筋コンクリート造りであるがゆえに感じられる独特の息づかいや痕跡をそのままに残したリノベーションが施されました。(ここまで公式サイトから引用)

閉ざされてきた2~3階の壁や天井は荒々しい
階段も
改修前から使われていた1階の壁・天井はきれいに塗装した
右が「Q1」で、左は現役の小学校校舎。「放課後は子どもたちも遊びに来てカオスになる」と佐藤氏は笑う

工事が始まる前からリーシング

 リノベならではの荒々しいデザインもさることながら、行ってみて驚いたのは、3フロアのテナントがほぼすべて埋まっていたこと。そして、そのどれもがオシャレ! どこにでもありそうなテナントは一つもない。

吸い寄せられるように入ってお昼を食べた2階のカフェ/レストラン「つち」。ガパオライス、おいしかった!

 運営のスキームと、ごちゃ混ぜ型のテナント構成になった経緯については、日経BP「未来コトハジメ」の記事(ライターの茂木俊輔氏執筆、2022.12.06公開、元記事はこちらhttps://project.nikkeibp.co.jp/mirakoto/atcl/city/h_vol79/)が詳しかったので、「さすがです!」と持ち上げつつ、該当部分だけ引用させていただく(太字部)。

 整備と運営の一括委託という観点からは事業手法としてPFI(民間資金を活用した社会資本整備)の採用が考えられるが、ここでは事業規模や早期整備の観点から、独自の方式を採用した。(中略)

 そこで重要な役割を担うキープレイヤーが、新会社のQ1である。設立は2020年4月、資本金は120万円。(東北芸術工科大学)デザイン工学部教授の馬場氏や学長の中山氏をはじめ、6人の出資者は全員、芸工大の関係者である。施設運営を担うことを前提に新会社を設立した理由を、馬場氏は「パワフルで機動力のある組織が望ましかったから」と説明する。(中略)

 早めのテナントリーシングも奏功し、テナントスペースへの入居は冒頭に紹介したように好調だ。「開設2年前にキーテナントと呼べる2事業者の入居が決まったことが、その後のテナント確保にプラスに働いた」と、佐藤氏は振り返る。(中略)

 テナントリーシングでは、施設のコンセプトや空間への共感を重視したという。「『創造都市やまがた』の拠点施設という位置付けだけに、テナントはどんな事業者でもいいわけではない。結果として、コンセプトや空間に反応する感度の高い事業者が入居してくれた。事業者はただのテナントではなく、創造都市推進事業に参画するプレイヤーと考えている」と馬場氏。互いの共感に根差したリーシングは公募を原則とする行政にはなじまないだけに、その段階から民間である新会社が携わる意義は大きいという。

 工事が始まる前から設計者が参加してリーシングを進めていたというのが、公共施設としては画期的だ。

 運営に試行錯誤はあるそうだが、経営的にはいい感じで2年目に入ったようだ(日経BPの取材で行ったわけではないので緩い書き方でご勘弁を)。百聞は一見にしかず。現地でじっくり話を聞きたい方はこちら(https://yamagata-q1.com/inspection/)へ申し込みを。

 場所は、JR山形駅から徒歩15分(山形市本町1-5-19)。建築好きは、ここから車で20分のところに話題の「コパル」(設計:o+h、2023年度日本建築学会賞作品賞)があるので、せっかく行くならば併せて見たい。

凍結となった市村記念体育館の再生計画について説明する馬場氏

 そして、冒頭の市村記念体育館の話に戻ると、馬場氏はこの施設の再生した姿を「Q1の進化形」と位置付けていた。馬場氏は、運営事業者を決めるプロポーザルに自ら応募するつもりでおり、テナントもほぼあたりを付けていたという。「凍結」が溶けて、兄貴分を超える姿を見たい。(宮沢洋)

市村記念体育館について詳しく読みたい方はこちら→転用計画が“凍結”に、模索続く「市村記念体育館」(日経クロステック2023年12月20日公開)

世界に誇れるモダニズム再生になると思うのだが…。ぜひ実現してほしい!

■やまがたクリエイティブシティセンターQ1施設概要
名 称:やまがたクリエイティブシティセンターQ1
所在地990-0043 山形県山形市本町1-5-19(市立第一小学校旧校舎/元・観光文化交流センター山形まなび館)  E-mail hello@qichi.jp
交 通山形駅から徒歩15分
開館日2022年9月1日
築 年1927年
構 造鉄筋コンクリート造(一部鉄骨造)
施設webサイトwww.yamagata-q1.com

■株式会社Q1企業概要
名 称株式会社Q1(キューイチ)
所在地990-0043 山形県山形市本町1-5-19(やまがたクリエイティブシティセンターQ1内)  E-mail hello@qichi.jp
設 立2020年4月
役 員代表取締役 馬場正尊(株式会社OpenA代表/東北芸術工科大学教授)
取締役 佐藤あさみ(株式会社リトルデザイン代表)
取締役 深井聡一郎(東北芸術工科大学教授)
取締役 アイハラケンジ(株式会社アイケン代表)
取締役
中山ダイスケ(株式会社daicon代表/東北芸術工科大学学長)
事業領域シンクタンク/ドゥータンク、人材育成、アートマネジメント、商品開発・販売、制作/設計プロダクション、 産学連携、施設/空間運営・マネジメント