「かたちに、かたちで、かたちを問う」──山梨知彦連載「建築の誕生」07:建築の「かたち」とその本質を追及する

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■「かたちから入る」

 建築のデザインに関わる僕らにとって「かたち」は重要である。

 ある大手デベロッパーのトップは「予算が潤沢にあるときは『かたち』で、そこそこあるなら『素材』で、そして足りないときには『色』で勝負だ!」とおっしゃっていた。賃貸オフィスという典型的な収益ビルのビジネスの世界で長年にわたりプレゼンスを示されてきた方らしい、簡潔ながら的確に建築デザインの勘所を捉えた言葉であると同時に、建築における「かたち」の重要性を言い当てているように感じた。

 だが残念なことに、こうした「かたち」を重んじた言葉を聞く機会は、実務の場においては極めて稀だ。「デザイナーとして誰を使うか」については熱心に議論されても、デザインそのものについての議論は、ほとんどなされない。もしくは逆に、個人の趣味をベースにした迷走による設計変更をいたずらに繰り返しているケースが多い。機能は議論されるが、デザインや「かたち」に関わることは議論されないという不思議な風潮が日本の建設ビジネス界には色濃く存在する。いやむしろ「かたち」にこだわる議論は悪しきものと捉えられているようだ。

 たとえば、「かたちから入る」という言葉がある。より俗語的な「格好から入る」という言葉もほぼ同義だと思うが、実務の場では「『かたち』から入ってしまっているので、君の仕事の進め方は本質に欠けている」といった様に、物事を始めるにあたって「かたち」が意味するところやその形に至った背景、すなわち「本質」を学ぶことなしに、いきなり表層を真似することを戒める意味で、警句的に使われている。「かたち」よりも、その背後にある「本質」こそが大切だと現代社会は捉えているのかも知れない。しかし僕は「かたち」も「本質」も等しく大切だと言いたい。

■「守破離」    

 面白いのは、日本には古来より「かたちから入る」ことを肯定的に捉える伝統があることだ。たとえば、伝統的な日本の武道や芸術においては、「かたち」や「かた」の習得が、その道を究めるための最初の大事な修行とみなされる。その形の背後にある意味を問う前に、まず身体にかたちを覚えさせることが大事という考え方だ。

 こういった考え方を最もよく表している言葉が「守破離」(しゅはり)ではなかろうか。「守破離」とは、日本の武道や伝統芸能などの指導法として組み立てられたものであり、道を究めるには三段階のステップ(以下参照)を踏むことが重要と言っている。ここでのストーリーに合わせて少々強引な解釈をしてみようと思う。

守破離の三ステップ】

  1. 守(しゅ):ものを学ぶファーストステップで、基本としての形やかたを、即物的に学び、正確に覚え、「守る」段階を示す。
  2. 破(は) :ものを学ぶセカンドステップで、形やかたを、自分流に解釈し、アレンジして「破る」段階を示す。
  3. 離(り) :ものを学ぶ最終のステップで、独自の道を、オリジナルの形やかたとは「離れ」、想像する段階を示す。

 Wikipediaによれば、この「守破離」のもとになったといわれる言葉があるという。それは、茶道の祖である千利休の教えをまとめた「利休道歌」の中の一首である「規矩作法守り尽くして破るとも離るるとても本を忘るな」だという。解説では「規矩」(きく)の意味するところは「基本的な立ち振る舞い」となっているが、草庵茶室の開祖・利休が図面を描く道具を語源に持つ「規矩」という言葉を使ったということは、この一首も、そしてそこから生まれた「守破離」も、実は利休の茶室づくり・建築デザインの精神が語られている言葉に違いないと建築デザインに関わる僕からすれば邪推したくなってしまう。

 「茶室のデザインにおいて大事なことは、基本的なかたちを守りつくし、その上でそれを破り離れていく中で、そのかたちが意味する本質を忘れないことだ」

 といった具合だろうか。

■「か・かた・かたち」

 建築デザインの領域で、こうした「かたち」や「かた」の話となると必ず思い出す言葉の一つは「か・かた・かたち」だろう。日本発の建築デザイン思潮ともいえる「メタボリズム」のムーブメントを牽引した菊竹清訓の言葉である。実にキャッチーなタイトルである。「か・かた・かたち」自体が持つ「♩♫♫♩」というリズムも小気味良い。

菊竹が提唱した「か・かた・かたち」の三段階設計理論の菊竹本人による概念図。ちなみに現在、島根県立美術館では、コレクション展 展示室5にて小企画展「しまびコレクション×自由研究 どんな建物をつくる?菊竹清訓の建築設計」を開催中。会期は2023年7月13日(木)~10月23日(月)
『代謝建築論』菊竹清訓著、1969年、彰国社

 「代謝建築論 か・かた・かたち」は、菊竹自身が建築家としてのキャリアの前半を自ら振り返り「建築デザインについて、これまでいろいろなところで書いてきたものをまとめる」かたちで出版された建築デザイン論である。その第一章「デザインの方法論」によれば、菊竹の主張はつぎのようにまとめられそうだ。

 ・設計(デザイン)には論理が必要である。
 ・デザインには「認識」と「実践」の2つのプロセスがある。
 ・2つのプロセスは複雑に絡み合い、かつ<か>、<かた>、<かたち>が螺旋状につながることで、より高次の実践が可能である。

 ・デザインの認識は、<かたち>、<かた>、<か>という三段階構造でなされる
 ・<かたち>は、デザインの終局的形態であり、人間はその現象を総合的かつ直感的に認識する「感覚」の段階
 ・<かた>は、その基礎となっているものであり、人間はそのかたちの背後にある法則性などを、知識を媒介として認識する「理解」の段階

 ・<か>は、その本質であり、人間はさらにかたの背後に本質的な意味や原理を考える「思考」の段階
 ・デザインの実践は、(認識とは逆の)<か>、<かた>、<かたち>という三段階構造でなされる。
 ・<か>は、かくあるべきかを構想する段階
 ・<かた>は、構想を(技術などの)実体概念で把握し直す段階
 ・<かたち>は、か・かたを形態へとまとめ上げる段階

■「かたちで問う」/「かたちに問う」

 興味を惹かれるのは、菊竹はこの「か・かた・かたち」を、自らが建築家として建築を世の中に提示していくにあたり、まず自らの建築デザインを実践するための仮説として組み立て、デザインを実践していく中で自らの仮説をブラッシュアップし、削ぎ落とし、あるいは拡張し肉付けをして、実用の理論を構築しようと試みていたことである。同じことは、守破離にも利休道歌にも言えそうである。「建築を生み出すには、自らのデザイン論理を仮定して、デザインを実践して生み出したかたちで、その論理の正しさを問う」こと、すなわち

「かたちで問う」ことが大切なのだろう。

 そして「守破離」から「か・かた・かたち」までが共通して示唆することは「建築を生み出すには、自らが生み出したかたちと、その根本にある本質とが一貫しているかを問う」こと、すなわち「かたちに問う」ことも大切だということではないか。

■「かたちを問う」

 こうなると、さらに問わねばならないのは、今回ここで「かたち」と呼んできたものが、実際には何を指しているか?という点ではなかろうか。

 狭義の意味では、「かたち」とは、世の中という自分自身の外部に物理的に外観や形状をもち存在する「実体」と定義できるかもしれない。

 一方で、記号論的な認識に立てば、ひとつながりの世の中から、ある「かたち」を認識した瞬間に、外部にあるそれとは別の切り取れた「かたち」が頭の中に生まれることになるし、その切り取られた「かたち」は、個人が持つ情報の体系、つまり知識に基づき認識されることになる。例えば、ある形を見て「丸い」と認識した場合には、知らず知らずのうちに幾何学的な知識の体系が、外部のひとつながりの一部を切り取り、その観察者の内部に丸いかたちという認識を創り出しているのであって、元々あった形が丸いわけではない、という話になる。話がややこしくなってしまったが、人の数だけ「かたち」の認識の仕方はありえると言いたかっただけだ。(笑)

■問うべき「かたち」の11例

 しかし幸いなことに、認識のもととなっている個々人が持つ情報の体系や知はそれほど大きな違いはないから、多くの人が集まっても認識の大局的な方向性はまとまる。このような視点から、僕自身が「かたちを問い」、「かたち」として捉えたい、もしくは捉えるべきだと考えているものの一部をここに提示してみようと思う。おそらく大局的には同意いただけるものになっているのではなかろうか。

1.物理的なかたち

いわゆる「かたち」であるが、我々の多くは知らず知らずのうちに、幾何学的な体系やアナロジーなどの知を用いて認識しているかたち。(以下に、僕自身がかたちとして取り扱った要素を例示する)

写真1:神保町シアタービルでは、建築基準法とシアターの最大エアボリューム確保の最適化から生成された幾何学形態から、建築のかたちを探った(撮影:雁光舎・野田東徳) 

2.空間

物理的なかたちの内部、もしくは狭間に生まれ認識されるネガティブなかたち。建築においては、物理的なかたちと同等以上に重視されるかたち。(図1)

図1:木材会館では無柱の空間から、建築のかたちを探った

3.素材

建築において素材は、適所適材などを考えると「かたち」を決定する大きな要因の一つであり、不可分なものであるため「かたち」の一部と捉えるべきではなかろうか。(写真2)

写真2:乃村工芸社本社ビルのブレースは、その傾き具合により、黒、グレー、白に塗り分けてあるが、これによりファサードに疑似的な奥行きという形が生まれた(撮影:雁光舎・野田東徳)

4.色

建築において、古来より色は重要な役割を果たしてきた。現在は無着色であるギリシャの神殿や宇治の平等院などが、元々は極彩色で彩られていたことを思うと、色が建築の見栄えという点で果たしてきた役割はかなり大きなものであったのではないかと思っている。それに比べ、現代建築は素材色を用いることが多いため色は目立たないが、逆に素材と不可分な要素であり、不可分なものであるため「かたち」の一部と捉えるべきではなかろうか。

  • 技術

建物をつくるために用いられている技術も「かたち」を決定する極めて大きな要因の一つであり、不可分なものであるため「かたち」の一部と捉えるべきではなかろうか。

  • 触覚

人間の五感のうち、かたちを知覚するのは視覚によるところが大きいが、そのほかの触覚、聴覚、嗅覚などでとらえられるものも「かたち」の一部として捉えるべきではなかろうか。僕の経験で言えば、レバーハンドルや握り玉の感触、ドアをノックしたときの感触は、建築の印象を大きく変える。また常に建物に接触している足裏からの情報も建物の印象を大きく変える。

7.嗅覚

触覚と同様に、香りは建物の印象を大きく変えるエレメントであり、「かたち」の一部として捉えるべきではなかろうか。木材会館の竣工当時、多くの見学者が建物の内外に使用したヒノキが放つ芳香へ驚きの声をあげていた。この時、香りが創り出す建築物の印象への大きさを学んだ気がした。

8.聴覚

サウンドスケープという言葉があるようだから、音も「かたち」の一部として捉えるべきではなかろうか。桐朋学園調布キャンパス1号館を設計したとき、レッスン室の音が廊下にわずかに漏れ聞こえることを許容したことで、音楽大学らしいサウンドスケープが現れたという経験がある。(図2、写真3)

図2:桐朋学園調布キャンパス一号館では、個々のレッスン室の遮音性能を下げ、その代わりにレスン室相互の間には、廊下や吹き抜けを挟みこみ、遮音層を設けるというアルゴリズムで平面計画し、レッスン室からレッスン室へは音が漏れないが、廊下にはわずかに簿とが漏れるかたちを追求した
桐朋学園調布キャンパス一号館(撮影:雁光舎・野田東徳)

9.アフォーダンス・アクティビティ

建築が生み出す意味や役割が、最終的にその建築を使う人に対していかなる働きかけをしているのか、いかなる行動を引き起こしたのかといった事柄への関心が高まるにつれ、アフォーダンスやアクティビティといったものへの関心が高まり、これらもデザインが生み出す「かたち」の一部として捉えるべき時代になったように思っている。

10.低炭素化

人間の行動が地球環境に与えるインパクトが桁外れに大きくなった「人新世」と呼ばれる時代が到来し、人間のあらゆる行動に対して低炭素化が求められる状況となった。建築のデザインに際しても、低炭素なかたちの追及が大きな課題となっている。

11.アルゴリズム

これらの多様な「かたち」を再編集あるいは統合して建築としての「かたち」を与えるための方法も必要になるだろう。僕自身は、「アルゴリズム」や、それを利用したいわゆる「コンピュテーショナルデザイン」がその有力候補の一つだと考えている。こうしたものも「かたち」の一部と捉えるべきではなかろうか。

 このように、現代の建築デザインにおいては、「かたち」が様々な方向へと急速に拡大をしている。僕自身は、

    ・自ら仮説したデザイン論を「かたちで」、

    ・本質と一貫しているかを「かたちに」、

    ・最終的なデザインの実践としての「かたちを」、

社会に問う、「かたちで、かたちに、かたちを問う」デザインを目指したいと考えている。

山梨知彦(やまなしともひこ):1960年生まれ。1984年東京藝術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院都市工学専攻課程修了、日建設計に入社。現在、チーフデザインオフィサー、常務執行役員。建築設計の実務を通して、環境建築やBIMやデジタルデザインの実践を行っているほか、木材会館などの設計を通じて、「都市建築における木材の復権」を提唱している。日本建築学会賞、グッドデザイン賞、東京建築賞などの審査員も務めている。代表作に「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「NBF大崎ビル(ソニーシティ大崎)」「三井住友銀行本店ビル」「ラゾーナ川崎東芝ビル」「桐朋学園大学調布キャンパス1号館」「On the water」「長崎県庁舎」ほか。受賞 「RIBA Award for International Excellence(桐朋学園大学調布キャンパス1号館)「Mipim Asia(木材会館)」、「日本建築大賞(ホキ美術館)」、「日本建築学会作品賞(NBF大崎ビル、桐朋学園大学調布キャンパス1号館)」、「BCS賞(飯田橋ファーストビル、ホキ美術館、木材会館、NBF大崎ビルにて受賞)」ほか。

※本連載は月に1度、掲載の予定です。これまでの記事はこちら↓。

ビジュアル制作:山梨知彦