【追加情報あり】旧庁舎で11月に吉阪展を開催:庁舎移転後の吉阪隆正「旧江津市庁舎」は今…民の救世主を求む!

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 今後が危惧されている「旧江津市庁舎」(吉阪隆正、1962年)で、2023年11月に「旧江津市庁舎の60年・吉阪隆正+U研究室展」が開催されることが決まった。移転後の庁舎内が見られる貴重な機会。開催の「曜日」に注意しつつ、島根県立石見(いわみ)美術館で開催中の「建築家・内藤廣/Built とUnbuilt 赤鬼と青鬼の果てしなき戦い」と併せて見に行きたい。

■「旧江津市庁舎の60年・吉阪隆正+U研究室展」
【展覧会】
会場:旧江津市庁舎 2階 島根県江津市江津町1526
日時:2023年11月3日(金)〜26日(日) の木、金、土、日曜日に開館、10時から17時(入館は16時30分まで)
入場料:無料
内容:〈吉阪隆正+U研究室〉設計の〈旧江津市庁舎〉は1962年に完成しました。新庁舎移転後の建物を会場に、設計資料、現場記録、模型をはじめ土木技術などの展覧会。〈吉阪隆正+U研究室〉の作品を通して、吉阪の〈ことば・すがた・かたち〉も紹介します。
問い合わせ先 アルキテクト事務局 site21@nifty.com

■関連講演会
大学セミナーハウス(東京・八王子)で開催する「樋口裕康 連続講演会 第二回」
詳細は象設計集団のホームページ: https://zoz.co.jp/news/event/1220/
チケット販売サイト: 
https://teket.jp/7870/27165

(ここまで2023年10月11日に加筆。以下は2023年5月18日に公開した記事)

 「旧香川県立体育館」(丹下健三、1964年)や「旧羽島市庁舎」(坂倉準三、1959年)など、解体の危機に瀕した戦後モダニズム建築に注目が集まっている。「危機に瀕する」とまでは言えないものの、その一歩手前、「要経過観察」なのが島根県江津市の「旧江津市旧庁舎」(吉阪隆正、1962年)だ。別敷地の新庁舎に機能が移ってから丸2年使われていない。地方紙の報道も途切れ途切れで、現状どうなっているのかがよく分からない。別の山陰取材と絡めて、見に行ってきた。

 この建築を訪ねるのは、『日経アーキテクチュア』の連載「建築巡礼」で2017年に訪ねてから6年ぶり。そのときはまだ庁舎として使われていたが、2016年の熊本地震を契機に新庁舎を建てることがすでに決定していた。佐藤総合計画が設計した新庁舎が完成した2021年4月以降、建物は使われていない。

海側(北側)からの外観。南側に立つ分庁舎が使われているため、ピロティは今も駐車場として機能している
A棟2階に外部からアクセスするブリッジ。2年間使われておらず、ツタが広がり始めた。このブリッジは2021年まで実際に使われていた
A棟はロングスパンをプレストレスト・コンクリートで飛ばしている。まるで橋桁

 旧庁舎は3階建てのA棟(1階はピロティ)、8階建てのB棟から成る。空っぽになったB棟の1階にこんな模型↓が置かれていた。これは分かりやすい。A棟は通称「A柱」で空中に持ち上げられた、橋のような建築だ。

 B棟はこの階段室が有名だ。

手すりがアート!

「メディアプラザ」としての再生を検討

 ネットで調べた新庁舎完成後の旧庁舎情報をまとめると…(太字部)。

・2022年9月、市の委託で調査に当たった設計事務所から「メディアプラザなど公共施設としての再生再利用は技術的には可能」とする調査結果が示される。

・この結果を踏まえて、旧庁舎のあり方を考える市の有識者会議が議論。

・2022年9月末に開かれた有識者会議の場で、設計事務所の佐藤総合計画は、必要な耐震補強を実施し、コンクリートの劣化を防いで鉄筋をさびさせない対策をとれば建物の長寿命化は可能と説明。その上で活用案の一つとして、図書スペースやワークスペースのある複合・多機能型の情報センター(メディアプラザ)を提案した。

・コストの試算も示され、耐震補強や外壁改修をしてメディアプラザとして利活用した場合は9.5億円、解体して同規模のメディアプラザを新築すれば18.1億円の費用がかかるとした。(ここまで朝日新聞2022年10月1日の報道)

・2023年1月30日、有識者会議は、「建物を再利用する方向で検討を深めるべきだ」という報告書をまとめ、中村中(あたる)市長に提出した。会議の議長を務めたのは静岡理工科大学の丸田誠教授。報告書では、調査の結果、建物はおおむね健全な状態が保たれ、補修をすれば30年以上利用が可能という判断が出たことから、再利用する方向で検討を深めるべきとしている。(NHK島根NEWS WEB2023年1月30日の報道)

 有識者会議は佐藤総合計画による調査結果を追認した形だ。「おおむね健全な状態」「再利用する方向で検討を深めるべき」という言葉に安堵する。その後はトントン拍子で再生計画が発表されるのかと思っていたのだが、1月末以降、続報が全く伝わってこない。

 筆者が江津を訪れたのは2023年5月15日。現地を案内してくれた江津市総務課の横田龍二課長と管財課の赤松勝隆課長によると、「副市長をトップに庁内で方向性の検討を始めたところで、現在は白紙の段階」という。

 えっ、「再利用を」という報告書が出たのに「白紙」? そうは思ったものの、現地を見ながら2人に説明を聞くと、報告書が示したような形での再利用は、市の財政を考えるとかなりハードルが高そうだということも伝わってくる。こんな状況だ。

すさまじい雨漏りとの闘い

 建物内を見ると、すさまじい雨漏りとの闘いであったことが分かる。

A棟2階

 A棟の2階に入ると、3方向が窓で開放感がある。これは何かに使えそうだ、という期待が広がる。

3階海側の市長室

 ただ、3階に上がると、どこも天井が痛々しい。A棟は揺れが大きく、近くにトラックが通るだけでも揺れたという。その振動のために、特に3階の北側は雨漏りが激しかった。

市長室は海が見渡せる最も景色のいい部屋だが、最も雨漏りのひどい部屋でもあったという
B棟3階の議場。天窓からの雨漏りがひどく、天窓はふさがれた
天窓をふさいでも雨が盛っていることが分かる
B棟4階の屋上。議場の上部を「屋上庭園」としてデザインしたことが分かる。左の椅子のような部分は議場のトップライトで、雨漏りのためふさがれている

 庁舎時代の末期(2010年代)には、漏電のために、執務時間中に庁内の電気が落ちることがたびたびあったという。トイレも排水管づまりのために多くが使用中止になっていた。そうした話を聞くと、「庁舎として使い続けてほしかった」とはとても言えない……。

 跡地の計画が動いているわけではないので、存廃判断の尻は切られていない。だが、この雨漏りを放置していると劣化が急速に進んでいきそうだ。

 実は一見、手堅くできていそうに見えるB棟の方が、補修作業に急を要する状態だという。それは、片持ちで張り出した議場の外部。軒裏の部材が剥がれ落ちてくるようになったため、この部分を通行禁止にした。

A棟は雨漏り防止のため2000年ごろに外装が改装されている。当初の写真が見たい方はこちらを。同じアングルの写真が載っている
線路を挟んだ西側にできた新庁舎。設計は佐藤総合計画
新庁舎(青丸)との位置関係。赤丸が旧庁舎。江津駅から近く、立地はいい

有識者会議は「民間活用も検討すべき」

 吉阪建築の再生といえば、思い出されるのは今年の日本建築学会文化賞を受賞した俳優の鈴木京香さん。取り壊しの危機にあった吉阪隆正+U研究室設計の「ヴィラ・クゥクゥ(旧近藤邸」(1957年)を個人で購入し、保存再生と一般公開を視野に入れた改修を行った。(学会の発表はこちら

 市で再生できないのなら、民間に委ねる気はないのか。そう聞くと、「それは大歓迎です」との答え。えっ、そうなの?

 サイトでは公表されていない有識者会議の報告書をもらって読んでみるとこんな記述が…。

 「公設公営という考え方だけではなく、民間施設としての利用や民間資金の活用などについても広く情報発信をした上での情報収集を行うなどし、施設の維持管理や運営も含めて江津市の財政に大きな負担をかけないような事業手法も具体的に検討すべきだと考えます」

 先手必勝。先んずれば人を制す。自治体が民間提案の募集を開始してからでは、技術的な検討や出資者探しの時間が足りないということはこれまで何度も経験してきた。さすがに鈴木京香さんのように個人で買うのは難しい規模だが、チームでならなんとかなるかもしれない。

 個人的には原形保存にこだわらず、吉阪隆正がびっくりするような再生(例えばこんな↓)を見てみたい。(宮沢洋)

参考までに、「建築巡礼」で描いたイラストの1コマ。形の面白さで描いたものですが、現状の話を聞くと、「揺れを抑える」「雨漏りのリスクを減らす」「床加重を現状キープ」という点で、けっこういい増築案かも…(イラスト:宮沢洋、『昭和モダン建築巡礼 完全版 1945-64』より)