衝撃の迷宮的吹き抜け、藤本壮介流リノベーション「白井屋ホテル」を見た!

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 正直、これほどびっくりする建築とは思っていなかった。リノベーションに関わる人ならば一度は見る価値ありとお薦めする。今週末、12月12日(土)に開業を迎える群馬県前橋市の「白井屋ホテル」を、矢村功代表の案内でひと足先に見学させてもらった。

(写真:特記以外は宮沢洋)

 プロジェクトの仕掛け人は、眼鏡店「ジンズ(JINS)」を全国展開する田中仁・ジンズ社長。前橋市出身の田中氏が、2008年に廃業した老舗の白井屋旅館の土地と建物を買い取って改修し、一部を新築した。田中氏は2014年に田中仁財団を設立して「前橋まちなか研究室」を開設するなど、前橋でさまざまな地域活動を展開している。

 設計者は、建築家の藤本壮介氏。藤本氏はジンズの店舗も設計しており、田中氏とは長い付き合いだ。

 このホテルは既にいくつかのWEBメディアで報道されているが、どれもホテルの広報用写真を使った記事で、いまひとつピンとこなかった。ホテルの方々には申し訳ないが、ホテルの広報用写真はコントラストが強過ぎたり、見栄えのいい部分を切り取り過ぎたりで、どうもリアリティーが沸かない。この記事は改修前写真を除き、私が撮った“素のままの写真”でリポートする。

まずは北側の“おとぎの森”から

 敷地は前橋の中心街。旧白井屋の建物を大胆にリノベーションした「ヘリテージタワー」と、利根川の旧河川の土手をイメージしたという「グリーンタワー」(新築)の2棟で構成される。

 下の写真はかつて駐車場があった裏通り(北)側のビフォー・アフターだ。

改修前の北側外観(写真:白井屋ホテル)
改修後

 こんもりと土が盛られた「グリーンタワー」の中には、店舗や客室がある。

 緑の斜面にはポツポツと立つ白い小屋が立つ。おとぎの森のようだ。この小屋も藤本氏の設計。これは客室ではなく、あるものはサウナ室、あるものはアートの展示室。

 上のデジタルアートの部屋は、取材日(12月2日)の直前に出来上がったばかりという宮島達男氏の作品だ。

大胆リノベの「ヘリテージタワー」へ

 国道50号(南)側、ヘリテージタワーの外観は、白井屋旅館時代の外観と大きく変わっていない。完成予想図ではツタをからめた外観だったが、現代アートで飾る外観となった。

工事前の外観(写真:白井屋ホテル)
工事後

 私のような凡人はどこがアート?と思ってしまうが、「FROM THE PRAIRIES」や「FROM THE SEA」などと書かれた文字の部分がローレンス・ ウィナー氏による作品だ。

 右手のピロティを抜けてホテルのフロントへ。スタッフの後ろに飾られているのは杉本博司氏の「海景」。

 ふーん、今はやりのアートホテルね、と思った方、驚くのはここからだ。この吹き抜けを見てほしい。

改修でここまでやるか!

 既存の4階建てビルの床、壁を抜きまくりである。これは役所との調整が大変だったろう。解体工事も相当大変だった。そもそもこんなに床面積を減らしてしまう改修は、事業的に普通は考えない。

 1階は、ジャングルさながら植物の鉢が置かれている。植栽の監修はSolsoの斎藤太一氏が担当した。ちなみにSolsoの斎藤太一氏は自邸「Todoroki House in Valley」が田根剛氏の設計で話題になった造園家だ。

 この巨大な鉢植えはどうやって搬入したのか…。

 西側の壁に下がる瀧のようなテキスタイルは安東陽子氏の作品。

 うっすらと光るダクトは、レアンドロ・エルリッヒ氏によるアート作品「Lighting Pipes」。この吹き抜けを実際に見てから制作したという。建築家にとっては邪魔者感のあるダクトを立体的に配して、この吹き抜けの“迷宮感”をさらに増幅させている。さすがアイデアマンのレアンドロ・エルリッヒ。同氏は金沢21世紀美術館で大人気の体験型アート作品「スイミング・プール」をつくった人だ。

 抜いた床に新設したブリッジや階段が掛かる。

 上部にはトップライトを設け、光を落とす。

客室も唯一無二

 客室数は25室で、そのいくつかは、バルコニーがこの吹き抜けに面している。室内からバルコニーに出ると、屋外のような室内、というちょっと変わった体験だ。

 客室は藤本壮介氏がデザインした部屋のほか、英国のプロダクトデザイナーのジャスパー・モリソン氏やイタリアの建築家、ミケーレ・デ・ルッキ氏といった大御所がデザインした部屋、そして前述のレアンドロ・エルリッヒ氏がある。

ジャスパー・モリソン氏の客室
ミケーレ・デ・ルッキ氏の客室

 レアンドロ・エルリッヒ氏の部屋は、吹き抜けの作品を継承したダクトの部屋。洗面に置かれた歯ブラシ立てがダクトの接合パーツ!

 藤本壮介氏がデザインした客室は、家具にミニ花瓶がくっついている。植物は本物だ。

 客室料金は3万円から。写真を載せた部屋はいずれもスペシャルルームなので、もう少し高い。詳細はこちらへ。

 吹き抜けの造形自体が「改修ならでは」のものであることに加え、植栽やアートとのコラボレーション、客室と吹き抜けとの関係性など、よくここまでやったなあと感心する。今年6月、銀座にオープンした「UNIQLO TOKYO」(デザインはヘルツォーク&ド・ムーロン)の床抜きもすごかったが、インパクトではそれを上回る。ブリッジや階段にもう少し繊細さがあれば…とも思ったが、このワイルドな空間にはこれくらいがいいのかもしれない。

 宿泊しなくてもラウンジやレストランは利用できるので、この吹き抜けを見ることはできる。ここまでやるか、という点で、現在の日本のリノベーションの最高到達点かもしれない。コロナが収束したら、きっと大勢の外国人客がやって来るだろう。その前にゆっくり見ておいてはいかが?(宮沢洋)

白井屋ホテル
開業日: 2020年12月12日
所在地: 群馬県前橋市本町2-2-15
客室数: 25室(ヘリテージタワー17室、グリーンタワー8室)
構造: RC造、4階建て(ヘリテージタワー、グリーンタワーとも)
延床面積: 2565.46㎡ (ヘリテージタワー1744.52㎡ 、グリーンタワー820.94㎡)
運営会社: 白井屋ホテル株式会社
建築・内装設計:藤本壮介
客室デザイン:ミケーレ・デ・ルッキ、ジャスパー・モリソン、レアンドロ・エルリッヒ、藤本壮介
照明デザイン:東海林弘靖(ライトデザイン)
テキスタイル:安東陽子
備品コーディネーション:長山智美
サイネージ・アートディレクション:nanilani
レストラン監修:川手寛康(フロリレージュ )
レストラン設計:甲斐晋介(エスキス)
植栽監修:齊藤太一(Solso)