内藤廣らしさ凝縮の「矢澤酒造店」@福島、ローコストでも最先端の木造架構と紅色リノベ

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 昨年度から引き続いて「ふくしま建築探訪」というサイトのイラストルポを担当している。サイトは2022年11月に福島県土木部建築住宅課が立ち上げたもので、福島県内にある魅力的で評価の高い近・現代建築物(明治以降)を一般の人にもわかるように紹介する取り組みだ。

 このサイトで先日、内藤廣氏の新作を取材した。2023年完成。建築専門誌にはまだ載っていない。

(写真:宮沢洋)

 住宅程度の規模で、高価な材料も使っていない。だが、これが実に内藤氏らしい建築なのである。福島県矢祭町の「矢澤酒造店」だ。

 「ふくしま建築探訪」の当該ページはこちら
 

 天保四年(1833年)創業の老舗の蔵元だ。銘酒「南郷」で知られる。その蔵元に2023年春に完成した新蔵と、日本酒の試飲ができるカフェ&ショップから成る複合施設だ。

カフェ&ショップ。ピロティを挟んで右奥が酒蔵エリア

 先の「ふくしま建築探訪」のページではこう説明されている。

 「矢澤酒造店は、奥州最南端矢祭の恵まれた気候風土の中で造られる日本酒の製造・販売施設です。建物の構造は木造軸組みの平屋建てで、酒蔵や店舗を包むような屋根とするため、短辺方向の柱を8.0m間隔で配置する大架構形式としました。建物背景には竹林があり、店舗から見える水盤や植栽とともに心地よい自然を感じられる施設となっています。」(設計者:株式会社内藤廣建築設計事務所 福林一樹)

 建物は切妻の細長い木造建物で、地元のスギを使った同じパターンの架構がひたすら繰り返される。

酒蔵エリア
酒蔵エリア
ピロティ部

 内藤建築らしさの1つは、この木造架構。小さいので架構が近くでよく見える。繰り返しではあるが、一体どうなってるの?という複雑な組み方。建築にはなじまない表現かもしれないが、「懐が深い」感じだ。

カフェ&ショップに飾られていた図面の一部

 内藤廣氏に展覧会の話を聞いたついでに、この建築についても聞いた。「設計は常にバトルなのだけれど、規模の小さいものは特にコストのバトルが激しくなる。そういう中で何ができるか」(内藤氏)。

 この木造架構は、基本的には力の加わる方向によって、部材を分けるという考え方でできている。そのうえで、木材の仕口にできるだけ無理がかからないようにすることを考え、この形になった。構造設計者の岡村仁氏(KAP)はこの架構について「小さいけれど最先端の木造」と評したという。

上の図面から架構部を模写(イラスト:宮沢洋)

既存擁壁を紅色塗装で内藤ワールドに

 内藤建築らしさのもう1つは、屋外空間の魅力。新築の建物を起点として既存の建物の周辺を散策できるようにした。既存の擁壁や敷地境界の壁が紅(べに)色に塗られ、それだけで全体が内藤ワールドに変わっている。

 壁をつくり変えるのではなく、塗装するだけでこんなに変わるのか…。これはコスパが高い。

 裏の竹林にある社(やしろ)に上る鉄骨階段(新設)がかっこいい。この紅色鉄骨階段のかっこよさだけで、建物の裏側が“人を引き寄せる場”になっている。

 筆者が取材に訪れたのは11月で、庭はこのように↓干し場となっていた。

 だが、夏には周辺を冷やす水盤↓となる。グラントワのような「水を抜いても使える」リバーシブル水盤なのだ。

(写真:2点とも矢澤酒造店)

 巨大な公共建築や高価な仕上げの商業建築だと、「バトルの中で何ができるか」と言われてもいまひとつピンとこない。けれど、ここはバトルの乗り越え方(楽しみ方?)がビンビンと伝わってくる。

 ところで、多忙な内藤氏はなぜこの規模の設計を引き受けたのか。内藤氏は、筆者の知る限り酒呑みではない。

 「クライアントの矢澤(真裕)さんに惹かれた」との答え。

矢澤酒造店の矢澤真裕氏

 矢澤真裕氏はこの蔵元の九代目当主。矢澤氏のことを調べてみたら「SAKETIMES」という日本酒好きのためのWEBメディアに記事が載っていた。

日本酒好きが高じて蔵元に─ 愛する「南郷」を守るために43歳で酒造りの世界に飛び込んだ男の物語(SAKETIMES、2019年1月22日)

 この建築や屋外空間のおおらかさは、矢澤氏の人柄そのもののようでもある。

 「建築が好きな人にも気軽に来てもらいたい」と矢澤氏。矢祭町は福島県の南東側(中通りの最南端)で、茨城県に近い。車なら都内から日帰りも余裕。車でないと行きづらい場所だが、ノンアルコールの飲み物もあるので、春の建築旅の候補にぜひ。

矢澤酒造店
所在地:福島県東白川郡矢祭町戸塚41
竣工年:2023年04月
階数:地上1階
構造:木造
延べ面積:280.86㎡
用途:物品販売業を営む店舗
設計者:内藤廣建築設計事務所

概要データは「ふくしま建築探訪」より。改めて、「ふくしま建築探訪」の当該ページはこちら