丹下健三の無念を晴らす横浜美術館の可動ルーバー復活、乾久美子氏によるリニューアルは折り返し点

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 大規模改修工事のため2021年3月から休館していた横浜美術館(設計:丹下健三)が3月15日、「第8回横浜トリエンナーレ」の開幕に合わせてリニューアルオープンする。本サイトの連載「よくみる、小さな風景」でおなじみの乾久美子氏がリニューアルに関わっている。

まるで別の建築のよう(写真:宮沢洋)

 開館前日のプレス内覧会に行ってきた。「こんなに光が入る空間だったのか…」。リリースを見て知っていたとはいえ、想像以上の光にびっくりだ。

 美術館の目玉ともいえる、階段状の吹き抜け「グランドギャラリー」である。この美術館にはこれまで何度も来たことがあったが、全く印象が違う。パリのオルセー美術館を思い出す。

 館のスタッフの説明によると、もともと丹下氏は、光が入る空間として可動ルーバー(開閉式ルーバー)を設置していたという。だが、ほとんど開けることはなく、そのうち故障して動かなくなっていたという。今回、全面的にルーバーを改修して動くようになった。ルーバー改修やエレベーターの新設、設備改修などを担当したのは丹下都市建築設計だ。

 確かに、丹下都市建築設計のサイトを見ると、当初の写真ではグランドギャラリーに光が差し込んでいる(こちら)。そうだったのか。丹下健三、ずっと無念だったろうなあ。

 もちろん企画によっては閉じることになるが、本展では展示物にもくっきりとしたストライプの光が当たっている。

 同館の蔵屋美香館長は、 2021年3月に長期休館入る際、こんなコメントを出していた(太字部)。

 横浜に美術を楽しむための本格的な拠点を、との市民のみなさまの声に支えられ、この美術館が開館したのは、1989年のことです。開発が始まったばかりのみなとみらい21地区にできた最初の建物のひとつで、開館当初、周囲にはまだ広大な土地が広がるばかりでした。設計は、戦後の日本を代表する建築家、丹下健三です。以来、展覧会を中心とした「みる」、アトリエの創作活動を中心とした「つくる」、約11万冊の蔵書を擁する美術情報センターを中心とした「まなぶ」の三つを柱として、活動を続けてきました。また2011年以降は横浜トリエンナーレのメイン会場として、海外からもたくさんのお客さまをお迎えしてきました。2019年の開館30周年にあたっては、多くの方から、人生の節目、節目に寄り添う美術館の思い出を寄せていただきました。長期の休館はこの32年で初めてのこととなります。

 今回の改修のポイントを、私は次の二つにおきたいと考えています。

 一つは空調設備の更新です。貴重な文化財である作品を保管し、次世代に引き継ぐことを使命とする美術館にとって、空調設備はもっとも重要なものの一つです。温度は22度±2度、湿度は55%±5%。展覧会によって細かく調整はしますが、これが大体展示室の温湿度の基準値です。この値がもし設備の不調により大きく上下すると、作品に使用されているカンヴァス地や紙が波打ったり突っ張ったりし、その上にのる絵具やインク、現像液などのひび割れや剥落を引き起こす可能性があります。温湿度の変化に敏感な木彫作品にも影響が及ぶでしょう。こうした事態を招くことのないよう、今回の工事で設備を整え、未来の万全な活動に備えるのです。

 もう一つは、街との関係をより開かれたものとすることです。美術館の前には、みなとみらい駅から横浜駅東口方面を結ぶ軸線上に位置する「グランモール公園」があります。子どもたちの歓声が絶えない、気持ちのよい広場です。

30年前はこのエリアにこんなに子どもはいなかったなあ…

 丹下健三は設計時、この広場と美術館をいかにつなぐか、という点を特に重視していました。この理念を引き継ぎ、広場から美術情報センターに直接入れる入口を設けたり、広場に面した部分に新しい展示ギャラリーを開設したりする予定です。広場から中に入ると、そこには横浜美術館名物の大空間、グランドギャラリーが広がっています。丹下建築の要となるこの部分はその意匠を大切に守りながら、バリアフリーの工夫を加え、より多様なお客さまに快適な鑑賞体験をお届けします。

グランドギャラリーに新設されたエレベーター

 丹下氏によるこの空間に対して、空間構築設計とサイン計画を、乾 久美子氏が率いる乾久美子建築設計事務所が担当。グラフィックデザイナーの菊地敦己氏が率いる菊地敦己事務所も、乾久美子建築設計事務所と協働する形で空間構築およびサイン計画、リニューアルに際しての新たなロゴデザインを担当した。 

サイン類がすっきりしていて心地いい
光が入ると、柱周りのディテールもちゃんと見たくなる
この屋外看板も、新たに設置されたもの

グランドギャラリーの「じゆうエリア」はこれから

 実はリニューアルはまだ終わっていない。「第8回横浜トリエンナーレ」閉幕(6月9日)後、乾氏と菊地氏による横浜美術館オリジナル什器が設置され、グランドギャラリーを中心とする無料エリアが、より自由で開かれた「じゆうエリア」となって生まれ変わる。

じゆうエリア(イメージ図) イラスト:乾久美子建築設計事務所(以下の2点も)

 「横浜美術館の建物から抽出したさまざまな色やかたちの家具を設置し、あらゆる人を歓迎する、どんな人にも居場所がある、そんな美術館の新時代を象徴する場所になる」とのこと。「じゆうエリア」がオープンし、全館始動となるのは2025年2月の予定だ(「おかえり、ヨコハマ」展等開催)。

 以下は乾久美子氏の公式コメント(太字部)。

 設計者・丹下健三が使った御影石に埋め込まれているさまざまな色を抽出し、オリジナルの什器をつくりました。横浜美術館の特徴である巨大な天窓が修復されたことをいかし、自然光の下で石の色と什器がお互いに引き立てあい、和らいだ雰囲気が漂う場所を目指しました。入ってすぐ正面の「まるまるラウンジ」にはいろいろなサイズのテーブルと椅子を揃え、ひとりでも、みんなでいても居場所と感じられる場所になればと考えました。

 また、ユニット化した什器はシーンにあわせて組み合わせが変えられるようになっています。什器の制作にあたっては、さまざまな障がいのある方たちと共にインクルーシブワークショップを実施しました。原寸大のモックアップを試しながら知見を得るという貴重な機会がなければ生まれなかった家具もありますので、オープンを楽しみにしていてください。

 「じゆうエリア」の完成イメージを見ると、まるで連載「よくみる、小さな風景」の実践版のよう。可動ルーバーの復活だけでも見る価値ありだが、これは来年2月にまた見に来なければ…。

 なお、「第8回横浜トリエンナーレ『野草:いま、ここで生きてる』」も、ものすごく濃い内容であることを申し添えておく。会期は6月9日まで。そちらの詳細はアート系のメディアでご覧いただきたい。(宮沢洋)

この辺りに「まるまるラウンジ」ができる