日曜コラム洋々亭61:東京都が「保存」を明記した葛西臨海水族園、谷口吉生氏自身による再生を期待

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 些細な情報が瞬時に広がる今の時代に、こんな重要な情報が3週間も気づかれずにいたというのは、もしかしたら東京都の狙い通りだったかもしれない。現在の葛西臨海水族園(ここでは現本館と呼ぶ)の「保存決定」というニュースである。

 その重大ニュースがあるのは、東京都建設局の「葛西臨海水族園のリニューアルについて」というページ。2024年2月8日、「●よくある質問はこちら」というタグが更新された。

葛西臨海水族園(仮称)整備等事業に関するよくある質問

東京都の「葛西臨海水族園(仮称)整備等事業に関するよくある質問」(令和6年2月8日更新)より

 タグをクリックすると、全35枚のPDFがダウンロードできる。序盤はこれまでの経緯や新館の説明が続き、中盤の16枚目にこういう記述が現れる(太字部)。

東京都の「葛西臨海水族園(仮称)整備等事業に関するよくある質問」(令和6年2月8日更新)より

9.芝生広場の中心に整備すれば、樹木への影響を減らせるのではないですか。<令和6年2月8日追加>

新しい水族園を計画敷地の北寄りに整備することで、現在の水族園との間に空間が生まれ、水族園周辺と公園全体の回遊性が向上します。新しい水族園と現在の水族園の間には、水族園に入館しなくても自由に散策できる樹林を配した広場空間「共生の杜」を設置します。

この空間を起点として、新旧施設間のアクセスが確保されるほか、鳥類園へと抜けられる東西の軸が新たに形成されます。また、公園内の展望広場や親水ゾーンなどとも往来が生まれます。これにより水族園の賑わいが公園全体に波及するとともに、公園内の賑わいも水族園に呼び込むことともなり、葛西臨海公園全体の活性化に寄与します。

さらに、新旧水族園が適度な距離感を保つことで、青い海に溶けこんだ美しいガラスドームが形成する現在のランドスケープを守りつつ、「共生の杜」の樹林の緑と一体となった新水族園の新たなランドスケープも生まれ、異なるイメージの二つの景観を楽しむことができるようになります

 あれ、現本館と新館の間の空間が活性化の肝だって書いてあるぞ。

 その後は、伐採・移植されるかもしれない樹木の説明が長々と続く。そして最後から2枚目、34ページでようやく核心の質問が登場。

東京都の「葛西臨海水族園(仮称)整備等事業に関するよくある質問」(令和6年2月8日更新)より

23.現在の水族園はどうなりますか。<令和6年2月8日更新>

現在の葛西臨海水族園の本館については、令和3(2021)年9月に「既存施設利活用の基本的考え方」を公表していますが、現在の水族園は、建物とその周辺のランドスケープ、海と一体となった美しい空間構成となっており、東京のランドマークとして都民に親しまれています。建物は高さ約20mのガラスドームが特徴であり、国際的に著名な建築家である谷口吉生氏の設計によるものです。都民共有の財産とも言えるこの建物を、新水族園オープン後も保存していくこととします

 おお、「新水族園オープン後も保存していくこととします」と明言。さらに、こう続く。

最終的には新水族園完成後に魚を含めた生物を移動させてから、改めて現在の建物の劣化度等の実態調査を行うこととなりますが、葛西臨海公園内に立地し葛西海浜公園にも接するという特性を生かして、周辺一帯の魅力を向上させるという視点などから、今後建物をどのように保存し利用していくか、建築家をはじめとした有識者の方々などとの意見交換や調査検討等を進めていきます。意見交換の経過は随時公開し、美しいガラスドームとランドスケープをいかに未来に継承し、新たな価値を見出していくか、都民の皆様の共感を得ながら検討を進めてまいります。

また、ガラスドームへの愛着やリスペクトを表現するイベントなども実施します。こうした一連の取組を「ガラスドーム・プロジェクト」と名付けて進めてまいります

 「ガラスドーム・プロジェクト」…。急にそんな話が…。

 新館についても、かなり情報が詳しくなっているので、以下を読んでみてほしい。

葛西臨海水族園のリニューアルに関するファクトシート

「建築家をはじめとした有識者」とは誰を指す?

 このニュースは数日前、現本館の保存運動に関わる建築家のSNSで知った。筆者は『イラストで読む建築 日本の水族館五十三次』という本を書くくらいの水族館好きで、また谷口吉生氏の建築も大好きである。だから葛西臨海水族園の存廃の話題も何度か書いてきた。一番最近書いた記事は、PFIの事業者決定のニュースだ。

葛西臨海水族園の新館PFIはNEC・大建設計・鹿島らが落札、一見地味な外観は現施設へのリスペクト?(2022年8月27日)

 この記事の最後にこう書いている。「都の『既存施設利活用の基本的考え方』(令和3年9月)が結局、現施設をどうするつもりなのか、よく分からない。新館の事業契約の段階で、『壊さない』と明言してほしい。」

 そう、このときは普通の日本人の読解力では、現本館を残すのか残さないのか分からない書き方だったのである。それが今回、「保存していくこととします」と明記された。ひっそりとではあるが。

 なぜそんな前向きな決定を知事の口から全メディアの前で発表しないのか不思議に思うが、要は“波風は立てたくない”、でも“壊さないから安心して”ということなのだろう。

 ひとまずは安心した。ただ、前述の問答の中で1つ気になったことがある。この部分だ。

「建築家をはじめとした有識者の方々などとの意見交換や調査検討等を進めていきます。」

 ここでいう「建築家」というのは誰を指すのだろうか。新館はすでに設計者が決まってしまったが、現本館の今後を検討するならば、まずは原設計者である谷口吉生氏に相談するべきであろう。谷口氏は1937年生まれで今年87歳になるが、筆者の知る限りとてもお元気である。

 前職の日経アーキテクチュア編集長時代、谷口氏にインタビューしたことがある。そのときのこのコメント↓がとても印象に残っている。

「ディテールへのこだわりは、自分の性格に根差している。昔から同じことを、どこまでも突き詰めていく性格。目地の太さや割り付け、異なる材料をどう組み合わせるか、光の透過性や反射性──。いつもそういうことを考えている。竣工した自分の建築に満足できない場合は、目を細くして(細部が目に入らないように)見ている」

「さらに突き詰めていくと、ディテールは消える。全てがうまくいったときには、建築という物体は消されて『場の空気』のようなものだけが残る」

谷口吉生、普遍性の先 “正道”が問い掛ける建築の課題と光(日経クロステック2019年11月14日)から引用

(写真:宮沢洋)

 自身の出世作にさらに手に入れ、「場の空気」だけが残った葛西の光景を見てみたい。(宮沢洋)

このコラムのバナーにも葛西臨海水族園は入ってます!