建築の愛し方13:山陰の「大建築」を発信し、菊竹清訓展でも奮闘した行政マン─山本大輔氏

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 役所に勤める人というのは、粛々と職務をこなし、与えられた以外の余計なことはしない、個人名を出しての発信などもってのほか……というイメージだった。いや、そんなことは全くないのだということを証明してくれたのが、この人。

ファンが増えそうな笑顔。本人の希望により似顔絵も描いてみました(写真・イラスト:特記以外は宮沢洋)

 山陰のモダニズム建築にめっぽう詳しく、「大建築友の会」の活動などで知られる島根県職員の山本大輔氏だ。

大建築友の会が作成した冊子「大建築の聖地」の一部

 今回、島根県出張のついでに初めてお会いすることになり、改めて肩書を調べたら、「島根県東部県民センター建築課長」だった。おお、「課長」。偉い人なんだ。……と思ったものの、生年を調べたら、私よりもだいぶ下。以下はWEBから拾った山本氏のプロフィルだ。

山本大輔
1976年 島根県安来市(やすぎし)生まれ
1999年 名古屋大学大学院工学研究科建築学専攻 中退
2000年~島根県職員

 ここから先は、一問一答@島根県庁で。

職場の先輩に「建築好きなんだ」と気づかれて

──初めまして。昨年の「菊竹清訓展」の記事(室内に「スカイハウス」再現!菊竹後期の傑作「島根県立美術館」で菊竹清訓展開幕)では、写真をお借しいただきありがとうございました。

島根県立美術館(設計:菊竹清訓)で2021年1月22日~3月22日に開催された「菊竹清訓 山陰と建築」展の会場風景(写真:山本大輔)

 いえいえ。お会いするのが初めてとはとても思えません。前から知り合いのような気がします。

──40代で「課長」ってすごいですね。県庁では変わり者扱いなのかと思っていました。すみません(笑)。

 いえいえ、課長と言っても出先の課長なので。同期もだいたい同じようなポジションですよ。「変わり者扱い」は全くそのとおりなのですが、やるべき仕事は一応ちゃんとやっています(笑)。

──どうして島根県の職員になったのですか。

 名古屋大学の大学院で近代建築史を学んでいたのですが(西澤泰彦研究室)、親に対して「就職も考えてますよ」というポーズのために、地元である島根県の職員採用試験を受けたら、意外にも受かってしまい……。大学院を中退して県の職員になりました。

──モダニズム建築の情報発信は最初から?

 いえ、全く。大学院で建築史が面白くなってきた頃に中退してしまったので、全く関係のない仕事になって鬱屈した感じはありました。最初の仕事は浜田管内の建築指導業務でしたが、建築確認の完了検査に行く途中で面白い近代建築を見つけると、休日にもう一度出かけていって、写真を撮って楽しんでいました。。

──「自分で楽しむ」から、「外に伝える」に転じたきっかけは?

 一緒に回っていた職場の先輩に「お前、建築好きなんだな」と気づかれて(笑)。2003年に浜田地区の建築行政会議で、撮りためた写真を見せながら「浜田、江津の近代建築」というレクチャーを行ったのが最初です。同じ年に、島根県建築士会江津支部主催の市民向け講座でも話をしました。特に江津市庁舎(1962年竣工、設計:吉阪隆正)は世界の建築史につながるすごい建築なんですという話をしたら、皆さんとても驚いてくださって。伝える面白さに気づいたのは、江津市庁舎の魅力のおかげともいえますね。

ロールモデルは「建築巡礼」!

──そこから、「大建築友の会」の活動へ?

 いえ、それ以降、しばらくは何か活動をしていたわけではありません。「大建築友の会」を立ち上げたのは、2011年にたまたま、菊竹清訓さんの3つの建築(旧博物館、図書館、武道館)の耐震補強を担当することになったのがきっかけでした。業務のために、竣工時の県の資料をいろいろ読んだら、それが面白くて…。

──『新建築』に載っていないようなディープな情報が満載?

 そうなんです。それを多くの人に伝えたいと思うようになりました。2011年から2014年にかけて、建築士会のWEBや冊子の形で『大建築の聖地』を7号まで発行しました。

 それを見た方から声がかかり、2014年から見学会やレクチャーが急に増えました。

──「大建築」というのは、山本さんの造語なんですか?

 いえ、「大建築」は菊竹事務所OBで島根県立美術館の担当者でもある山岡哲哉さんがWEBサイトで使っていた言葉です(こちら)。高度経済成長をバックにやたらパワフルで骨太でかっこいい建築を愛情込めてこう呼んでいました。その言葉がすごくいいなと思ったので、山岡さんの了解を得て使わせていただきました。

 あと、一般の人に建築の面白さを伝えるという点では、磯さん・宮沢さんの「建築巡礼」をロールモデルにさせていただきました。

──なんと我々がロールモデル! 光栄です(笑)。そうした情報発信の活動は、県庁は公認なんですか? それとも個人でこっそり?

 活動内容によって公務として行うこともあれば職員有志のサークル活動として行う場合もあります。どちらの場合でも職場は協力的ですし、自分としても県庁職員の責任を持ってやっているつもりです。

2022年6月に島根県立美術館で行った見学会の様子(写真:島根県立美術館)

思いに共感する後輩が参加

──「大建築友の会」(こちら)はどんなメンバーと立ち上げたのですか?

 最初は1人でやっていました。ソロ・ユニットです(笑)。

──え、そうだったんですか!

 1人でやってる、と言うより「〇〇の会」の方がもっともらしいじゃないですか。

 見学会が増えだしてからは、ここにいる井上君がコアメンバーになってくれました。
(ここで島根県総務部営繕課建築グループの井上翔太主任がインタビューに参加)

右が 井上翔太主任。後ろは島根県庁舎(1959年、設計:安田臣)

──井上さんは山本さんに勧誘されたんですか?

井上:いえ、なんか面白そうなことやっているなあと、自分から巻き込まれに行きました。

山本:無理強いはしませんよ。でも、自分の思いに共感してくれる後輩が現れて本当によかったです。これ、井上君がつくったものですよ。

安田・菊竹建築お散歩マップ

──おお、すごいクオリティー。これ、タダでもらえるものなんですか。

井上:はい、県庁の県民室でも無料で置いてます。県のウェブサイトからもダウンロードできますよ(こちら

県庁の県民室にて。左が折りたたんだマップ

菊竹清訓展@島根県立美術館の裏話

──2021年に島根県立美術館で開催された菊竹清訓展にはお2人とも関わっているんですね。

山本・井上:はい。

菊竹清訓展の会場入り口 (写真:山本大輔)
菊竹清訓展の会場風景(写真:山本大輔)
(写真:山本大輔)

──それもボランティアなんですか。

山本:さすがに空き時間でやる業務量を超えているので、美術館から正式な協力依頼を出してもらい、業務として参加しました。

──そもそも、菊竹展の企画は、山本さんが美術館に売り込んだのですか?

山本:いえ、もともと学芸員さんが菊竹建築に関心をお持ちだったんです。いつかは展覧会をと考えていらっしゃったんですが、建築がご専門ではないのでなかなかハードルが高かったようです。2019年に開館20周年記念イベントの菊竹建築ツアーのガイドを依頼されたのがきっかけで学芸員さんとつながりができ、一緒にやりませんかと誘っていただきました。

──実物大「スカイハウス」はきっと山本さんの発案ですよね。

(写真:山本大輔)

山本:それは私です(笑)。

井上:あれは確か、会場のトップライトを生かせないかという話の中で出てきましたよね。

──そうか、トップライトの真下なんですね。

山本:菊竹さんは自然採光に強いこだわりがありました。実際の展示ではほとんど使われることがなかったのです。菊竹展では、それを意味のある形で使えないかということで、「スカイハウスの屋根を吊り下げるのはどう?」と軽い気持ちで言ったら、「いいね」という話になり…。大掛かりな吊りものを想定した展示室ではないので、設計から工事までかなり大変でした(笑)。

──展示するスカイハウスの設計は菊竹事務所のOBが?

山本:あれは私が設計させてもらいました。。

──そうか、一級建築士ですものね。コンクリートシェルの屋根を、膜屋根で再現しているのが「なるほど」と思いました。

山本:テントがお好きだった菊竹さんへのオマージュです。膜でつくるので、菊竹建築にも縁の深い太陽工業さんに設計から施工までご協力をお願いしました。 展覧会が終わった後、今の職場へ異動が決まり、引き続き美術館の天井改修を担当することになって…。なにやら誰かに呼ばれているような不思議なご縁を感じましたね(笑)。

>>>島根県立美術館の天井改修(2021年5月~2022年6月)の話は後編に。(宮沢洋)

天井改修を終えた島根県立美術館のエントランスホール(写真:宮沢洋)