米国ニューヨークの最後は、1904年に完成した発電所のコンバージョンだ。2000年代初頭には若者や地元のグラフィティアーティストが占領していた場所で、その落書きのような壁画を生かし、地元のアーティストの拠点としてよみがえった。ニューヨークのPBDWとチームを組んだヘルツォーク&ド・ムーロンが設計を手掛けている。(ここまでBUNGA NET編集部)
1950年代閉鎖の発電所がPowerhouse Arts(パワーハウス・アート)としてよみがえる
ニューヨークの最終回は、ブルックリンのゴワナス地区に完成したPowerhouse Arts(パワーハウス・アート)を紹介したい。この連載の英国ロンドンのパートで紹介された「バタシー発電所」と同様に、かつて発電所であった建築遺産を再活用しており、パワーハウス・アートは地元に根付いたアーティストのための施設として生まれ変わった。
このプロジェクトもやはり新型コロナウイルス禍の影響を受け、当初の予定より工事が遅れ2023年の5月にオープンした。今回は、ピッツバーグにあるアンディ・ウォーホル美術館の元館長で、現在パワーハウス・アートのプレジデントであるエリック・シャイナー氏に直接、案内してもらえる機会があると知人から聞き、運よくそのツアーに参加することができた。
この建物は1904年にブルックリンの電車交通網拡大に伴い、その電力供給をサポートするためにBrooklyn Rapid Transit Companyによってつくられた。しかし、この発電所は1950年代に閉鎖され、ボイラーのあった建物は取り壊されたが、タービンがあった建物は残り、その後長い間、放置されていた。2000年代初頭になると若者や地元のグラフィティアーティストによるコミュニティーに占領され“Batcave”(コウモリの洞窟の意)の愛称で呼ばれるようになり、一時は50人ほどが住んでいたといわれている。彼らはこの場所で独自のコミュニティーを形成し、アート作品を制作したりパーティーを開催したりしていた。
しかし、2012年に建物はThe Powerhouse Environmental Arts Foundation(現在のPowerhouse Arts)に買い取られ、大規模な改修プロジェクトが開始されることになる。当初はアーティストのスタジオスペースにする計画だったが 、地元のアーティストたちと将来の建物の使い方について話し合いを重ねるなかで、スタジオスペースよりもアートの制作や製造に焦点を当てたスペースの方が今後より必要であるという結論に至った。そこで、木工や金属加工、陶芸、版画、織物などの制作ができる施設を整え、また展示ができる大空間も計画することにした。
ニューヨークでは年々物価が上昇し、このゴワナス地区も例外ではない。家賃の上昇や古い建物を取り壊し再開発が進むことでアーティストがこの地区に住みづらくなった。ニューヨークから離れるアーティストも増え、そのことを危惧したパワーハウス・アートは地元のアーティストがブルックリンに定住し、制作活動できる世界一のファブリケーション施設を提供することにした。
この建物を設計したのはヘルツォーク&ド・ムーロン。3社によるコンペが行われ、ニューヨークのローカルアーキテクトであるPBDWとチームを組んだヘルツォーク&ド・ムーロンが選ばれた。彼らは既存建物の骨組みを保存しつつ、新たな構造体を追加することで工業的な遺産と現代的なデザインを組み合わせた空間をつくり出すことに成功した。旧発電所部分はレンガ造りの壁や巨大な鉄製のトラス構造を残した大空間とし、新たに増設された部分にはファブリケーション施設がつくられ、外観は既存の建物にマッチするようなファサードになっている。
このゴワナス地区はもともと工業地帯で、発電所があった場所は土壌汚染がひどく、除去作業が必要だった。そのために2年の歳月と2000万ドルの費用がかかったが、この資金はパワーハウス・アート創設者であるJoshua Rechnitz(ジョシュア・レヒニッツ)氏のプライベートマネーから拠出されたとのことで驚きだ。
このような背景の下、パワーハウス・アートは、芸術と工芸の生産を助けるとともにブルックリンのアートコミュニティーを強化することを重要な目的としている。そのため、彼らは公共のアートスペースとスタジオを提供するだけでなく、教育プログラムやイベントを通じて、地元のコミュニティーとの結びつきを深めようともしている。私が訪れた際も地元ブルックリン大学の卒業制作展がエントランスロビーで行われていた。
パワーハウス・アートは地元コミュニティーに根付いた施設であるとともに、アーティストの雇用も生み出している。現在スタッフのほとんどがアーティストでありニューヨークの物価に見合うように給料は高めに設定されているという。アーティストの制作活動をサポートするとともに生活面に関しても総合的に支援することで、より地域に密着した施設となっている。訪れた日はちょうどパワーハウス・アートのスタッフでもあるアーティストの作品展のオープニングがあり、いろいろな作品が展示してあった。
6階は陶芸専用のフロアとなっており、アーティスト以外の一般の人にも開放されている。メンバーになることでいろいろな設備を使うことができる。現在、電気とガスの窯があり、他の施設にはないような大型の窯も設置してあった。今度、登り窯も設置する予定とのことで、かなり充実した設備が整いそうだ。またパワーハウス・アートから、作品を売り出すことも視野に入れている。
今回パワーハウス・アートのスタッフで、セラミックアーティストの方にも話を伺った。安全面に特に気を使っていて最新の排気システムなどを導入しており、アーティストが良い環境で制作活動ができるようになっているという。
千人規模のパーティーや展示会も開催できるメインスペース
新たに増築さた建物には大きな作品の制作を行うことができるスペースがある。ここではかなり巨大なアート作品もつくれそうだ。作品の制作以外にもギャラリーとしての展示スペースや、ウエディングなどのイベントで使うことも想定している。窓の形状は既存の建物を意識したデザインとなっており、その窓から多くの光が差し込み気持ちの良い空間だ。
このスペースから既存の建物側に移動するとパワーハウス・アートのメインスペースである超大型イベントスペースが現れる。空間の大きさ、鉄骨構造、そして壁に残されたグラフィティの数々に圧倒される。改修前の屋根は朽ち果てており、床にも水がたまっていたという。そのため、かなり修復作業が必要だったようだ。
このスペースでは千人規模のパーティーや展示会も開催でき、映画撮影なども想定している。すでにミュージックビデオの撮影にも使われているという。今後は劇場用のサウンドシステムや照明、またキッチンなども設置予定で、いろいろなタイプのイベントに対応できるようになる。またアーティスト用の割引料金も設定してあり、金銭面でもアーティストをサポートするようになっている。
パワーハウス・アートのファブリケーション施設はアーティストや非営利団体はもちろん、コマーシャル団体からの制作依頼も受けている。コマーシャル団体の場合はマーケット価格で提示するが、アーティストや非営利団体の場合はディスカウントも行っている。ちなみに、マンハッタン西側にあるハイラインに最近設置されたパブリックアートはパワーハウス・アートにて制作されたとのこと。
今回パワーハウス・アートを創設したノウハウを生かすためにコンサルタント業務も行っている。例えば、他の都市で同じような施設の計画がある場合、コンサルタントとして参加している。アート関連の施設維持にはお金がかかり、寄付だけではなかなか運営が大変だという話はよく聞く。施設自体で収益を上げていくことは今後重要で、パワーハウス・アートが提供するサービスは、地元のアーティストコミュニティーを支援し、ブルックリンの文化的な活動を手助けしていると考えると、今後のパワーハウス・アートの活動が楽しみである。
〔Powerhouse Arts(パワーハウス・アート)概要〕
所在地:322 3rd Ave, Brooklyn, NY 11215
設計者:Herzog & de Meuron、PBDW Architects
完成時期:2023年
行き方:地下鉄F, G線、Carroll駅下車徒歩15分, または地下鉄R線、Union駅下車徒歩9分
日江井恵介(ひえい・けいすけ)
NBBJ アソシエイト。カリフォルニア大学バークレー校卒業後、組織設計事務所KPF勤務を経て現在NBBJニューヨークオフィス勤務。プライベートでは、使わなくなった段ボールを再利用し、バッグや照明などを製作したり、1961年のキャンピングトレーラー、エアストリームの改装に取り組んだりしている。
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※本連載は月に1度、掲載の予定です。