北欧のような隈研吾・北海道サテライトを訪問、「強制ではなく挙手制」の快適環境は組織に何をもたらすか?

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 「キトウシの森きとろん」の記事で予告した隈研吾建築都市設計事務所(KKAA)の北海道東川町「ヒガシカワサテライト」のリポートである。まずはオフィスがあるエリアの風景をご覧いただきたい↓。まるで北欧!!

北海道東川町のサテライトオフィス「家具の家」。4棟から成り、右手前のA棟に隈研吾事務所のヒガシカワサテライトが入る(写真:宮沢洋)

 案内してくれたのは、ヒガシカワサテライトに勤務する野村隆太主任技師(下の写真左)と佐藤未季設計室長(下の写真右)

 ヒガシカワサテライトは2022年春、北海道東川町に開設された。開設の経緯については、当サイトでは記事にしていなかったので、これまでを詳しく知りたい方は下記の記事(他媒体)をご覧いただきたい。

隈研吾が魅了された「北海道東川町」、建築設計事務所がサテライトオフィスを開設する理由(BUILT、2021年8月2日)

隈事務所、メガアトリエの挑戦─「サテライト」で新境地を開く 地域密着で「身近な存在」に 多様な働き方にも対応( 日経クロステック/日経アーキテクチュア、2021年7月21日)

 ヒガシカワサテライトが入る「家具の家(KAGUの家)」については、プレスリリースも出されていた。

【北海道 東川町】隈研吾氏が設計したサテライトオフィス 「KAGUの家」施設概要の公開と、使用者の募集を開始(2022年1月17日)

 各記事をまとめて要約するとこんな流れだ。

・東川町の人口は1990年代半ばまでは右肩下がりだったが、移住者を積極的に受け入れ始めたことで増加に転じ、現在(2021年)では町民約8000人のうち半数以上を他地域から移り住んできた住人が占める。
・東川町は家具の町としても知られ、国内で五大家具産地の一つに数えられる「旭川家具」のおよそ3割がここで生産されている。
・隈研吾氏は、ニューノーマル時代に適合する“新たなオフィスの在り方”を提唱しており、その具現化の一例として、自身が主宰する設計事務所の新拠点を開設する構想を抱いていた。

・地方でのサテライトオフィスも検討し始めたタイミングで、地方創生案件の1つとして、東川町で共同プロジェクトを立ち上げようと持ち掛けられた。
・町が写真文化首都の核と位置付ける文化交流施設「せんとぴゅあ」に面する空き地に、国産材を使用した「家具の家」と称するオフィス棟4棟を建設し(事業費は約4億5000万円)、うち1棟にサテライトオフィスを計画。
・田口誉設計室長が中心となって計画を進め、2022年春に「家具の家」竣工とサテライトオフィスの稼働開始を目指す。

 と、ここまでは他メディアが報じていたのだが、オープンして以降の記事は探しても見つからなった。たぶん、この記事が本邦初の開設後リポートである。

いざ、ヒガシカワサテライトへ

 ヒガシカワサテライトがあるのはA棟。隈事務所(KKAA)だけではなく、複数の会社でシェアしている。隈事務所のスタッフは現在5人だ。

 野村隆太主任技師は、関口朋実氏とともに、2022年9月に赴任し、約1年がたった。野村氏は東川町周辺のプロジェクトが中心だ。

 佐藤未季氏は今年4月に赴任し、約半年がたつ。佐藤氏は隈事務所ただ一人の「ファブリック担当」で、全国のプロジェクトに関わる。

 2人の話を聞いて、まず驚いたのは「赴任が強制ではなく本人希望」であること。2人とも社内で募集があって手を挙げたという。

野村氏のデスクまわり。広い

 野村氏はもともと北海道出身なので、「北海道で子どもを育てるのもいいかな」と手を挙げた。佐藤氏の方は理由が面白い。「東京の事務所は人が増えて狭くなり、ファブリックが広げられない。それを常々隈に言っていたところ、東川町はどうかと打診された」。あまりの変化に迷ったが、家族とともに東川町に引っ越すことを決めた。

 佐藤氏は「ファブリックが自由に広げられる。日々のストレスがすごく減った。毎日見る外の景色の変化も発想の刺激になる。決断してよかった」と語る。

机にも床にも、商売道具のファブリック

 野村氏は、施工者などプロジェクトに関わる人々との関係性が変わったという。「東京では、深く関わっていたつもりでも表面的だった。ここではみんなが自分のこととしてプロジェクトに関わってくるのが面白い」。

「東京でのあの生活はなんだったのか」

 「仕事上、不便なことは?」と問うと、2人とも「全くない」と答える。コロナ禍で打ち合わせのオンライン化が進み、東京のメンバーとのやりとりもスムーズにできるようなった。佐藤氏は「旭川空港が近いので(車で約10分)、出張するのもむしろ楽かもしれない」。

 プライベートでの変化を聞くと、これも2人とも「子どもとの距離が縮まった」。それは2人の机まわりを見ればよく分かる。自宅が徒歩圏で、オフィスに子どもが遊びに来ることもある。

野村氏の机の前

 プライベートと仕事が切り分けにくくなっているが、それがストレスになるかというとそんなことはないという。こういう話をスタッフ間ですることはあまりなかったようで、「できればずっとここで働きたい」「東京でのあの生活はなんだったのか」と、筆者の質問に対する2人の答えが何度も一致し、大笑いしていた。
 
 野村氏は現在、東川町のスタートアップ企業が2025年オープンを目指す宿泊施設の設計を進めている。

発注者は東川町のRamps株式会社で、edutainment(楽しみながら学ぶ)と銘打ったその地域ならではの体験ができるコミュニティーを提供し、宿泊もできる施設となる。2025年春にプレオープン、2025年初夏にグランドオープン予定。Rampsは
「地域の価値を再考し、地球の未来へと先導する」を目的に2022年に創業したスタートアップ(スケッチ:隈研吾、Rampsのプレスリリースより)

 また、東川町とは「デザインミュージアム」構想を進めており、2026年度のオープンを目指している。タレントのタモリ氏がレコード約1万枚の寄贈を申し出るなど、話題を呼んでいる。東京から離れていても、話題は全国区だ。

 東川という町に深く入り込み、そこから生まれる人脈や感性を他の地域にも展開する──。隈氏の狙いはそんなところにあるのだろう。従来の大企業は定期的に人を強制移動させることでそれを効率的に行ってきたが、「ずっとここで働きたい」という意思を尊重しつつそれを実現できるか。数年後にまた見に行ってみたい。「きとろん」のサウナが好きなので、たぶん本当に行きます。(宮沢洋)