中村竜治氏の新境地は「ユルキチ」? 安東陽子・花房紗也香両氏とのコラボで「ほそくて、ふくらんだ柱の群れ」展

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 9月19日、家具メーカー「オカムラ」のガーデンコートショールーム(東京・紀尾井町のニューオータニ・ガーデンコート3階)で、「OPEN FIELD」の第1回展となる「ほそくて、ふくらんだ柱の群れ–空間、絵画、テキスタイルを再結合する」が始まった。その初日に行ってきた。建築史家の五十嵐太郎氏のキュレーションの下、建築家の中村竜治、画家の花房紗也香、テキスタイルの安東陽子の三氏がコラボレートしてなんとも不思議な空間を生み出している。下の写真は案内してくれた中村竜治氏と安東陽子氏だ。

中村竜治(写真右):建築家。1972年、長野県生まれ。東京藝術大学大学院修士課程修了後、青木淳建築計画事務所を経て、2004年、中村竜治建築設計事務所を設立。住宅、店舗、公共空間などの設計を全般的に行うほか、家具、展示空間、インスタレーション、舞台美術なども手がける。主な仕事に、「へちま」ヒューストン美術館、サンフランシスコ近代美術館収蔵(2010年、2012年)、「空気のような舞台」東京室内歌劇場オペラ『ル・グラン・マカーブル』舞台美術(2009年)、「とうもろこし畑」東京国立近代美術館「建築はどこにあるの?7つのインスタレーション」(2010年)、「JINS京都寺町通店」(2016年)、「神戸市役所1号館1階市民ロビー」(2017年)、「Mビル(GRASSA )」(2018年)、「FormGALLERY」(2019年)、「MA nature」(2021年)、企画展「Material, or 」(21_21 DESIGN SIGHT、2023年)の会場構成など。著書に『中村竜治|コントロールされた線とされない線』(LIXIL出版、 2013年)。
安東陽子(写真左):テキスタイルデザイナー・コーディネーター。東京生まれ。武蔵野美術大学短期大学部グラフィックデザイン科卒業。株式会社 布での勤務を経て、2011年、「安東陽子デザイン」設立。多くの建築家が設計する公共施設や個人住宅などにテキスタイルを提供。近年の主な協働作品として「台中国家歌劇院」(伊東豊雄建築設計事務所)、「みんなの森 ぎふメディアコスモス」(伊東豊雄建築設計事務所)、西武特急Laview(妹島和世建築設計事務所)「京都市京セラ美術館」(青木淳・西澤徹夫設計共同体)、「南方熊楠記念館」(シーラカンスアンドアソシエイツCAt)、「白井屋ホテル」(藤本壮介建築設計事務所)、「八戸市美術館」(西澤徹夫建築事務所・PRINT AND BUILD・森純平)などがある。シアターカンパニー・アリカに衣装担当として参画。名古屋造形大学、多摩美術大学客員教授。著書に『安東陽子|テキスタイル・空間・建築』(LIXIL出版、2015年)。
アーティストの花房紗也香氏は1988年、ロンドン生まれ。2012年、多摩美術大学絵画学科油画専攻卒業。2014年、多摩美術大学大学院修士前期課程修了。2014年、トーキョーワンダーサイト平成26年度二国間交流事業プログラムとしてスイス、バーゼルに派遣(3ヵ月)。2019年、 公益財団法人ポーラ美術振興財団在外研修員(フランス)。「内と外」の関係性を室内と室外に置き換え、窓や鏡、画中画のような「フレーム」を手がかりに絵画作品を描いている。主な展覧会に「自動と構成」(ポーラミュージアムアネックス、東京、2021年)、個展「窓枠を超えて」(奈義町現代美術館、岡山、2021年)、個展「Collecting time」(Usine Kugler、ジュネーブ、2018年)、個展「ARKO」(大原美術館、岡山、2015年)、「VOCA展 現代絵画の展望」(上野の森美術館、東京、2013年)にて最年少で大賞を受賞。主なパブリックコレクションに第一生命保険会社、大原美術館などがある。
(写真:宮沢洋、本記事のすべて)

 まず、オカムラの「OPEN FIELD」とは何か。以下はリリースのコピペ。

 「OPEN FIELD(オープン・フィールド)」は、什器やオフィス家具から内装デザインを含めた働く環境のトータルな場づくりの実績がある株式会社オカムラが主催する企画展です。建築史家の五十嵐太郎氏(東北大学教授)をキュレーターに迎え、ショールーム内に気鋭のアーティストによるインスタレーションを発表します。また、弊社デザイナーとの協働や学生が参加できるイベントを実施し、空間デザインの多面的な考察を実験します。

 そうか、ポスト磯崎時代をけん引する名キュレーター、五十嵐太郎氏が継続してやるとなると、この取り組みはこの先も面白そう。

 初回となる本展の狙いは? 以下、五十嵐氏が執筆した前書きである(太字部)。会場写真を見ながらお読みいただきたい。

 オカムラのガーデンコートショールームに、OPEN FIELDという新しい表現の場が誕生する。OPEN FIELDには、あらかじめ想定された形式ではなく、予期されない出会いや出来事が起きる原っぱのようなイメージを重ねあわせた。そこで3名の異なるジャンルのクリエイターに参加してもらい、絵画とデザインをともに体験してもらう風景としての空間をつくることを企画した。

 もっとも、絵画の作品が入るので、当然、壁がつくられるかと思いきや、中村竜治さんからは少しふくらんだ細い柱が林立する空間が提案された。したがって、画家の花房紗也香さんは、本展のための新作を描いた後、柱にその断片的なイメージを足していくというこれまでにない作業を行うが、こういう機会に挑戦してみたいとのこと。

 すなわち、通常の囲まれた「部屋」における展示ではなくなるため、「絵画」も解体される。来場者は、絵の断片が散りばめられた森の中を散策するだろう。また安東陽子さんは、これまで空間を仕切る柔らかい壁のようなテキスタイルの作品が多かったが、今回は柱頭にあたる部分を担当し、しかも柱を安定させるという構造の役割を果たす。これは彼女にとって初の試みである。

 今回のOPEN FIELDでは、空間、テキスタイル、絵画の関係性の組み換えが行われる。それも周囲と切り離された展示空間をつくるのではなく、いつもの部屋に特殊な柱の群れを挿入することで、見慣れた室内の風景を異化させる。一方で建築の歴史を振り返りながら考えると興味深い。例えば、古典主義の円柱は、柱身に膨らみ(エンタシス)があって、柱頭が分節されている。また中世の柱は多様な装飾をもっていたり、バロックにおいては絵画と建築が混交するような関係性をもつ。今回の試みは、こうした過去の事例に対する、21世紀的な表現かもしれない。 五十嵐太郎(本展キュレーター)

 いやあ、五十嵐氏の前書きが見事過ぎて、取材者側に書くことが残されていない…。中世の柱との類似性とか、バロックにおける絵画と建築の混交とか、そういうのを書きたかったなあ…。

世界初?「構造クッション」by安東陽子

 宮沢的な見どころをいくつか補足すると、1つは安東陽子氏の役割。安東氏のこれまでの活動を知る人は、カーテンのような面状のものを探してしまうだろう。しかし、会場内のどこにもそういうものはない。今回、中村氏のリクエストで安東氏がデザインしたのは、このマリモのような玉だ。

 これを木の柱の上、天井板との間に挟んでいる。柱は金具などで固定されておらず、天井と床(床側には何も挟んでいない)の摩擦力だけで固定されている。中村氏はこの玉を「構造クッション」と呼ぶ。「構造クッション」ってかっこいいネーミング!

 柱にエンタシスのような膨らみを持たせたのは、この仮止めのような状態を視覚的に強調するためだ。

 中村氏はインスタレーションや会場構成にも話題作の多い人で、いつも“整然とした微構築性”に驚かされる。常人には想像もつかないほどキチンとしているのに全体としてはフワッとしているのだ。名づけるなら「キチフワ」。それに対して本展は、“緩さと整然とした微構築性が同居”している。「ユルキチ」なのだ。その緩さがどんどん存在感を増していったらすごく面白そうだ、と今後も期待させる。

 五十嵐氏と違う方向であえて下世話に書いてみた。そんな戯言(ざれごと)はさておき、色々書きたくなる空間(単純なゆえに)であることは間違いない。会期は9月29日まで。

■開催概要
ほそくて、ふくらんだ柱の群れ – 空間、絵画、テキスタイルを再結合する
Forest of thin columns with a slight bulge – recombining space, painting and textiles
参加作家:中村竜治(建築家)+花房紗也香(アーティスト)+安東陽子(テキスタイルデザイナー)
会期:2023年9月19日(火)~29日(金)10:00~17:00
※9月23日(土・祝)は13:00~18:00(ショールームは閉館のため、展示のみ鑑賞可能)
休館日:9月24日(日)
会場:オカムラ ガーデンコートショールーム(東京都千代田区紀尾井町4ー1 ニューオータニ・ガーデンコート3階
料金:入場無料

企画:五十嵐太郎(東北大学大学院工学研究科教授)
会場構成:中村竜治、若木麻希子(中村竜治建築設計事務所)
絵画:花房紗也香
テキスタイル:安東陽子、松井萌真(安東陽子デザイン)
施工:TANK
グラフィック・デザイン(フライヤー・ポスター・会場グラフィック):山田悠太朗(centre Inc.)
主催:株式会社オカムラ
アーティスト・トークイベント:2023年9月23日(土・祝)15:00~16:00(当日受付開始:14:30)参加作家とキュレーターによるトークイベントを開催いたします。 事前予約制。
公式サイト:https://www.okamura.co.jp/corporate/special_site/event/openfield23/

紀尾井町に来たら「外観だけでも」の名建築3つ

 そして建築好きのために、ここ(ニューオータニ)まで来たら、外観だけでもチェックしておきたい建築を3つ。

 北へ2分ほど歩くと、内藤廣氏が設計した「紀尾井清堂」がある。詳細は下記の記事を参照。

内藤廣氏設計「紀尾井清堂」を見た! 都心の一等地に「機能のない」光の箱

 その東隣は、村野藤吾設計による「紀尾井町南部ビル」(1980年)。

いかにも村野なキャノピーの奥に見えるのが紀尾井清堂

 いったん紀尾井清堂のある交差点に戻り、2分ほど北に歩くと、村野藤吾設計による「麹町ダイビル」(1976年)。

 こうして見てみると、村野藤吾も「ユルキチ」かも。

 村野の2件はあまり知られていないと思うが、東京の建築好きなら知っておきたい建築だ。(宮沢洋)