注目の若手建築家ユニット、PAN-PROJECTSによるロンドンのリポート3回目。彼らが選んだ見どころは、テムズ川沿いに2022年10月、オープンした話題の複合施設だ。欧州最大のレンガ造建築で、かつての発電所が約40年の時を経て商業や住居、オフィスなどから成る複合施設として息を吹き返した。(ここまでBUNGA NET編集部)
多種多様な計画の末に誕生——WilkinsonEyreなどによる「Battersea Power Station」
我々の担当の最終回である今回、最後にして最大規模のプロジェクトを紹介したい。
ロンドンの中心を流れるテムズ川。イギリスを訪れた人が少なくとも一度は立ち寄るその川沿いには、テート・モダンやロンドン・アイ、ナショナル・シアター、ビッグベン、国会議事堂等々、イギリスのアイコンとなっている建築が多く立ち並ぶ。その並びに新しく生まれ変わった姿で加わったのが今回紹介するプロジェクト、「バタシー発電所(Battersea Power Station)」だ。

名前の通り、かつて発電所であった建物を周囲のマスタープランと共に再開発・コンバージョンを行った巨大複合施設だ。
既存建物は1933年から1983年までロンドンの電力を供給し、当時は最先端の発電所であった。ヨーロッパ最大のレンガ造の建築物で、600万個ものレンガが積み上げられ、建築面積だけで約2万7500m2、煙突を除いた高さは50mを超える巨大な産業遺産である。
発電所としての機能が廃止されてから現在に至るまでの約40年間、様々な所有者の元を転々とし、時には200以上のアトラクションが計画された巨大テーマパークや、タワー状の集合住宅、文化施設、公園、そして時にはサッカースタジアムと、多種多様なアイデアが計画されては中止になることを繰り返してきた。そしてようやく完成したのが現在の姿である。

テムズ川の対岸から、チェルシー橋を渡り近づいていくと、この発電所がいかに大きいのかを実感する。建物の足元で立ち止まると人のスケールからかけ離れたボリュームに圧倒されてしまう。建物を見上げ、まず目に入るのは、かつて煙を吐き出していたであろう4本の煙突だ。
この4本の煙突、実は全て今回の改修プロジェクトの過程でつくり替えられたものである。形だけの煙突になってしまったともいえるが、100年近くテムズ川沿いの風景として存在してきた、この発電所のアイデンティティーを引き継ぐためには必要な作業であったのだろう。
既存の煙突は内部鉄筋が腐食していて危険であったため取り壊し、建てたときと同じつくり方を用いて再建された。コンクリートの流し込みにホースを使用するのではなく、総量680トンにもなるコンクリートを煙突上まで持ち上げ、一輪車に移し、手作業で流し込んだというから驚きだ。現在4本の煙突のうち、1本は内部にガラス張りのエレベーターが通り、展望台として利用されている。

煙突だけではなく、この大きな発電所というボリュームをつくり出すレンガ壁にも目を奪われる。圧倒的なレンガ量がつくり出すこの既存ファサードは、建築家のジャイルズ・ギルバート・スコット卿(Sir Giles Gilbert Scott、1880-1960年)がデザインしたものだ。この建築家は同様にテムズ川沿いに立つ発電所を改修した美術館、テート・モダンの既存建物も設計している。
発電所でありながら、どこかレンガ造の大聖堂のようなエレガントさを持つこのファサードの印象を崩さないよう、傷んで取り替えが必要であったレンガ(総数175万個)が、オリジナルのレンガをつくっていた職人2人を探し出し、当時とまったく同じ土、そして配合でつくられ交換された。


かつてのタービンホールが商業空間に個性を生む
インダストリアルな建物のスケールを感じる外観から一歩中へ入ると、新たな活動、機能、活気を得た空間が広がる。
玄関であるアトリウムはバタシー発電所の昔の姿を強く残した場所となっている。南側入り口では既存のレンガ造の壁が、新しい構造体であるケーブルと梁で弓形に支えられている。また北側の入り口では、下から見上げると階段やスラブの跡などがそのまま残っており、この複合施設が単なるショッピングモールではないことを建物自身が主張しているように感じる。



内部には100を超えるショップ、254戸の住居、4700m2のオフィス、1500人収容のイベントスペース、映画館、展望台など様々な機能が入り交じる。その中でもショッピングエリアとして、いつも多くの人々でにぎわうのが、既存のタービンホールAとBを中心とした空間だ。
両ホールとも、3層のショッピングギャラリーとなっており、回遊する鉄骨造の通路が既存壁に触れることなく独立して挿入されている。広大すぎた産業空間のスケールを回廊によって断面方向にスライスしたことで、圧倒されるほど大きかった既存空間が分割され、親しみあるスケールを持った場所がつくられた。それと同時にホール中央の吹き抜けが既存の天窓まで続くダイナミックな空間が、当時は機械のための場所であった風景を想像させてくれる。併せて、他のショッピングモールとは異なる特別な空間体験をつくり出している。


先に建設されたホールA(1930年代)はアールデコ調の装飾を持ち、天窓や大理石仕上げの柱が印象的である。改修されて新たに付け加えられた要素も、既存バルコニーから引用したモチーフが描かれていたり、かつてタービン機械があった場所に足跡のようにレンガが敷き詰められ、床の仕上げが切り替えられていたりするなど、細かな工夫が私たちにこの場所の過去の姿を教えてくれる。

ホールA側面 舗装はかつてタービンがあった場所のみレンガ敷き
ホールAより20年ほど遅れて完成したホールBは、Aに比べると装飾も少なくシンプルな印象だ。天井にはかつて抽気ファンがはまっていた穴が丸く可愛らしい天窓に置き換えられている。ホールBで目を引くのは中央に浮かぶガラス張りのボックスだ。これは昔のクレーンを改装し、クレーンから吊られたガラスボックスが昇降できるイベントスペースとなっており、私たちが訪れた日は高級車が1台入れられて大胆なプレゼンテーションが行われていた。

ホールB側面 ホールA同様舗装が切り替わり、この日はマーケットの場に
ここで紹介できるのは、この巨大なバタシー発電所のほんの一部でしかない。巨大な発電施設から巨大複合施設へと生まれ変わるプロセスにおいて6万点以上の改修必要項目があったというのだから、このプロジェクトの大きさ、そして複雑さが想像できる。
鉄骨の断面が現れた書店の内装 古いレンガやタイルも現している
この建物には、人のための場所と発電所というインダストリアルな空間スケールをどう共存させるのか、その既存建築自身が持つ劇的な空間の強さを保ったまま建物をどう新たな機能で満たすのか、それら問いに対するアイデアがちりばめられている。細かなところにも発電所の歴史を感じる箇所が多く存在する。例えば、書店の内装としてかつての鉄骨の断面や、古いレンガ、そしてタイルなどがそのまま現しで使われている。
全て新しくつくり変えるのではなく、もしくは完璧に保存してしまうのでもなく、産業遺産そしてその歴史に正面から向き合い手間をかけることで建築のみならず都市は更新されていく。
冒頭に使用した「生まれ変わる」という表現は適切ではないのかもしれない。歴史や遺産は「成長し続ける」。2023年現在のバタシー発電所の姿をぜひ皆さんにも見に来てもらいたい。
[Battersea Power station 概要]
所在地: Circus Rd W, Nine Elms, London SW11 8AL, United Kingdom
設計者: WilkinsonEyre(発電所本体のリノベーション設計)
完成時期:2022年
行き方: 地下鉄Northern線 Battersea Power Station駅下車すぐ

(写真:PAN-PROJECTS)
PAN-PROJECTS:2017年に八木祐理子氏と高田一正氏がコペンハーゲン(DK)で共同設立 。19年よりロンドン(UK)へ拠点を移し世界的に活動を展開する。多様性のある社会を盛り立て、推し進める建築の在り方を目指し、建築設計を主軸とし、アートインスタレーション、プロダクトデザインなど多岐にわたるプロジェクトを手掛ける。www.pan-projects.com
※本連載は月に1度、掲載の予定です。