今や「環境」や「カーボンニュートラル」にその座を明け渡した感もあるが、少し前までは「アクティビティ」が建築デザインの最重要キーワードであった気がする。僕が所属する日建設計でも、2013年に「NAD(Nikken Activity Design)」と名付けられたデザインチームが組織された。
日本におけるそういったトレンドの発端の一つは、新たな経済の中心としてのプレゼンスを全世界に急速に示しつつあった中国の上海や中東において建築に対して強く求められた、いわゆる「アイコニックな形」のためにかたちをつくるデザインへの批判の気持ちからきたものだったのかもしれない。はたまた、すでに始まっていたDXの中で、ソフトウエアデザイン、特にユーザーインターフェースとなるアイコンなどのデザインで主流となっていた「ユーザーエクスペリエンス」に肯定的な影響を受けた面もあるかもしれない。いずれにしても、建築デザインにおいて、「アクティビティ」に呼応したデザインの模索は、依然として重要なテーマとして位置づけられると思っている。
建築は、即物的な存在であるにも関わらず、機械論的な機能や構造論的な社会ネットワークでの役割、それらが混然一体となって生み出す象徴論的な意味を担うなど、本質的に多重の意義を担いうるものだ。経済成長が著しかった高度経済成長期の東京や大阪、近年の上海やドバイで、時代の主役として、また成長の象徴として、建築にアイコニック性が強く求められたことも、一方、社会の変化と共に、最近では主役が再び人間に戻り、建築は脇役として人間のアクティビティを支える器となることを求められるようになったことも、どちらも建築の正統な在り方だと考えている。
そんなわけで、今回の「建築の誕生」では、アクティビティから建築を生み出すことについて考えてみたい。
アクティビティとは何か
建築デザインの中心に位置する「アクティビティ」を理解するために、まずアクティビティの基本概念について考えてみたい。
アクティビティとは、人間が環境と相互作用することによって行う行動であるが、単なる行動や活動を超えて人間の生活や文化に深く関わる要素でもある。アクティビティは次のような特徴を持っている。
1) 人間中心の視点: アクティビティは人間の行動と関連しており、特定の場所や空間が人々の日常的な活動にどのように影響を与えるかについては、肯定的/否定的の両面から考える必要がある。建築デザインにおいて、人間のニーズや行動を理解することは不可欠ゆえに、アクティビティの視点は建築の誕生と密接な関係を持つ。
2) 空間との結びつき: アクティビティは空間と密接に関連している。建築は空間の創造であり、その空間が生理的なアクティビティのみならず、社会的アクティビティをどのように支援し形成するかが重要である。リビングルームのデザインが家族の交流活動に影響を与えることなどは、アクティビティと建築空間の密接な関係を物語っている一例であろう。
3) 文化との一体性: アクティビティは個人や社会のみならず、文化や芸術やスポーツなどとも結びついており、異なる文化やコミュニティによって異なる特性を持つ。建築デザインは地域の文化や価値観に適合するように調整されることが必要である。
4) ユーザーエクスペリエンス: アクティビティ指向のデザインは、ユーザーエクスペリエンスの向上も目指している。建築がアクティビティをサポートし、快適で効率的な環境を提供することが求められている。
このようにアクティビティは、建築デザインにおいて、単なる空間の形状や外観だけでなく、人々の日常生活と文化に深く関わる要素として捉えられている。これらの基本概念を理解することで、アクティビティが建築に与える重要性をより深く理解できると僕は考えている。
アフォーダンスの概念
アクティビティを建築のデザインに取り込み、それを単に建築の中での人間の行動として受け取るのではなく、建築を取り囲む環境との、または環境の中に据えられた建築との、あるいはそこに介在する人間の行動との呼応関係として捉えようとすると、アフォーダンスの概念の重要性が浮かび上がってくる。
アフォーダンスとは、アメリカの心理学者であるジェームズ・J・ギブソンが提唱した概念で、環境が動物や人間に対して与える意味や価値を表す概念である。例えば、椅子はただ漠然と存在するのではなく、人間に対しては「座る」というアフォーダンスを提供しているという考えである。同様に、階段は上り下りするためのアフォーダンスを、窓は外の景色を楽しむためのアフォーダンスを人間に提供している。これらの要素は、ただ存在しているだけではなく、アフォーダンスを持つことで、人々の行動を誘導し、建築空間の利用方法を示唆し、人間と環境と建築をアクティビティでつなぐ上で重要な概念となっていると僕は考える。
アフォーダンスの概念を持ち込むことで、アクティビティは建築デザインに大変革をもたらす可能性があるのではなかろうか。例えば、公共の建物では、アクセスのしやすさや案内の明瞭さが重要なアフォーダンスとなる。また、住宅デザインにおいては、部屋の配置や窓の位置が居住者の日常的な活動に影響を与え、快適な生活空間を提供するアフォーダンスとなる。
次に、アクティビティとアフォーダンスの関連性について考えてみたい。
アクティビティとアフォーダンスの関係性
アクティビティとアフォーダンスは、建築デザインにおいて密接に関連し、相互作用を持つ重要な要素であると僕は思っている。
例えば、カフェの設計において、テーブルと椅子の配置はアクティビティに影響を与える。テーブルと椅子が十分なスペースを提供し、快適な座り方をサポートする場合、カフェはくつろげる場所としてのアクティビティを促進するだろう。このように、アクティビティ指向のデザインは、アフォーダンスの考え方と調和し、建築がユーザーエクスペリエンスを向上させる手段として活用されるのではなかろうか。
建築デザイナーは、アクティビティが求めるアフォーダンスを持った要素を建築に組み込むことで、ユーザーエクスペリエンスを最適化する。アクティビティを中心に据え、そのアクティビティと調和した適切なアフォーダンスを持った要素を的確に配することで、単なる構造物を超えて、人々の日常生活や文化と深く結びついた意義ある存在としての建築が誕生するのではなかろうか。
アクティビティとアフォーダンスの実際の適用
次に、アクティビティとアフォーダンスの理論が実際の建築プロジェクトにどのように適用され、ユーザーエクスペリエンスにどのような影響を与えているかに焦点を当てていこうと思う。僕自身がデザインを担当した具体的な事例を通じて、理論から実践への応用を探求してみようと思う。
木材会館では、既存のオフィスビル内でのアクティビティを分析し、木材という素材でアフォーダンスが与えられることにより新たなアクティビティを生み出す試みを行った。具体的には、各階のワークプレイスに設けたバルコニーがそれにあたる。ある時代から、仕事の合間にリフレッシュするためのスペースとしてオフィスビルには「リフレッシュコーナー」なるものが設けられているが、実態はコア内給湯室に自動販売機を設置した程度のもので、リフレッシュにつながるアクティビティを誘発するようなアフォーダンスは持っていない。
木材会館では、第一義的には西日除けとして、加えて空調機置き場やワークプレイスから除かれた柱を立てるためのスペースとしてバルコニーを設置した。このバルコニーに木質をふんだんに持ち込むことで、ワークプレイスと直結したリフレッシュテラスとして用いるデザインとした。木材でベンチを作るなどすることで、休息スペースとしてのアフォーダンスを持つ空間として、ここでオフィスワーカ―がリフレッシュするというアクティビティの変容を試みた結果、バルコニーで休息するといった人々のアクティビティが前面に押し出されたファサードを生み出すことが出来た。(写真01、02)
On the waterでは、夏の接待の場という目的に合わせ、ホストとゲストがここで行うであろうアクティビティを想定し、そのアクティビティを導くアフォーダンスを発揮するように、建物各部のデザインを試みたつもりだ。例えば、到着時には外部空間から湖の眺望を楽しめるよう、梁を逆張りにする構造にすることで、ウエルカムドリンクを置きたくなるようなテーブルとしてのアフォーダンスを放つデザインを考えた。また、ゲストがごく自然に水辺へと近づいていくように、建物全体はスパイラルの構成にしている。(写真03,04,05)
長崎県庁舎では、新幹線プラットホームと長崎県庁のブリッジでの接続という少々難しい都市計画的アクティビティを巻き起こすことを狙い、新幹線駅から長崎港へ向けてのビスタを確保し、庁舎のデッキレベルと新幹線ホームとを合わせて、「さあブリッジでつないでくれ」といわんばかりのアフォーダンスを放つデザインとした。残念ながら現時点では、まだフリッジによる接続は実現していないが、一部にそれを望む声も出ていると聞いた。少々風変わりで荒唐無稽ではあるが、アクティビティとアフォーダンスを使った建築デザインの一例として挙げておきたい。(写真06、07)
建築は「アクティビティとアフォーダンスの相互作用」から生まれる
ここでは、アクティビティとアフォーダンスの概念が現代の建築デザインにおいて、新たな視点と可能性をもたらす重要な要素であることを探求してみたつもりだ。
建築は、単なる物理的な構造物にとどまらず、人間の生活、文化、アクティビティと深く関連し、それらの要素を調和させる役割を果たす。その状況においては、アクティビティとアフォーダンスが、建築デザインの文脈の中では有力なツールであることを示したつもりだ。
建築の誕生とは、単なる機能を果たす建物が、アクティビティとアフォーダンスの相互作用によって、人間にとって意味あるものとなる瞬間を指すのだろう。僕ら建築家は、アクティビティとアフォーダンスを巧みに組み合わせ、建築の誕生を促進し、創造的な建築デザインの可能性を追求していかなければならないのではないだろうか。
山梨知彦(やまなしともひこ):1960年生まれ。1984年東京藝術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院都市工学専攻課程修了、日建設計に入社。現在、チーフデザインオフィサー、常務執行役員。建築設計の実務を通して、環境建築やBIMやデジタルデザインの実践を行っているほか、木材会館などの設計を通じて、「都市建築における木材の復権」を提唱している。日本建築学会賞、グッドデザイン賞、東京建築賞などの審査員も務めている。代表作に「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「NBF大崎ビル(ソニーシティ大崎)」「三井住友銀行本店ビル」「ラゾーナ川崎東芝ビル」「桐朋学園大学調布キャンパス1号館」「On the water」「長崎県庁舎」ほか。受賞 「RIBA Award for International Excellence(桐朋学園大学調布キャンパス1号館)「Mipim Asia(木材会館)」、「日本建築大賞(ホキ美術館)」、「日本建築学会作品賞(NBF大崎ビル、桐朋学園大学調布キャンパス1号館)」、「BCS賞(飯田橋ファーストビル、ホキ美術館、木材会館、NBF大崎ビルにて受賞)」ほか。
※本連載は月に1度、掲載の予定です。これまでの記事はこちら↓。