新たな年に、建築と「空間」の関係を見直し、新たな「建築の誕生」を目指す─山梨知彦連載「建築の誕生」10

Pocket

 今回は、建築の本質ともいえる「空間」について考えてみた。

後述する「On the water」(写真:以下すべて雁光舎/野田東徳)

 いつも不思議に思うのは、「僕ら人類は三次元空間に居るにもかかわらず、空間を直接三次元で把握する術を持たない」という事実である。例えば、建築の設計に際して僕らは、平面図、立面図、断面図やパースなどを使うが、いずれも二次元である。BIMはコンピューターの中では三次元の構造を持つが、人間が把握できるのはモニターやVRを通して見る透視図で、実は二次元の情報である。

 このように、僕らは二次元の情報(視覚情報がメインだが、手触りや音といった他の感覚を介して獲得した情報もある)と、その情報を獲得した空間的な位置と時間の経過に関する情報を組み合わせて、三次元空間を間接的に記述し、把握し、認識する。

写真01:長崎県庁舎の典型的な吹き抜け空間

■移動と時間

 言い換えれば、三次元空間にある建築を認識するためには、空間内の「移動」が必要になるということだ。ただし、実体としての空間では常に時間は流れているため、実体である僕らが空間を移動するには、必ずある時間がかかる。つまり、僕らが空間を把握するには、異なる時間・異なる位置に「移動」して獲得した二次元情報を集め、三次元空間を仮想的に構築することで認識するというプロセスが必要になる。

■記憶

 集めた二次元情報を時間と空間的な位置に紐づけして蓄積し、三次元空間として再構築しているのは頭の中であるということは間違いない。具体的には海馬がその役割を担っていると言う。だが、海馬でどのような化学的あるいは電気的な変化が起こり、空間が具体的にどのように認識されているのかについては、残念ながら僕はまったく知識がないので、次のように想像を巡らせている。記号論の洗礼を受けている僕らは、連続した実態である世の中を頭の中で分節し、言語化・記号化し、名づけることを、物事を認識するプロセスと捉えがちだ。

 しかし僕の感覚では、三次元空間の認識のプロセスは、記号論的認識と比べてもっと身体的なものに感じる。なぜなら、人間に限らず言語を持たないアリや、ネズミや、犬でも、空間を認識して、正しく移動し、住処に戻ってくることができるのだから。このように、二次元情報を集積し三次元空間として再構築しているプロセスには、僕らが「記憶」と呼んでいるものが大きく関係しているように感じる。

 建築とは、機能や社会的な課題解決などのためのみならず、空間を通して何らかの意図を他者に伝えるべく構想されるものでもあるという前提に立てば、建築の誕生には、二次元情報を通して他者の脳内に、いかに三次元空間を構築し得ることができるかという点が重要であり、そこでは記憶が鍵になる。次は、他者の脳内に三次元空間を構築するための具体的な手法について、事例を挙げながら考えてみたい。

■俯瞰、軸・ビスタ、雁行

 時間の経過と空間の移動が極めて小さい場合、例えば立ち止まり建築を眺めたり写真を撮影したりする時には、空間の把握につながる二次元情報は、極めて限定的になってしまう。

 一方でこの状況を逆手に取り、空間を読み取りやすい視点場をデザインすることや、1つの固定した視点からでも読み取りやすい空間をデザインすることで、イメージアビリティが高い印象的な空間を生み出すことができる。実際、これまでも多くの建築家が実践してきた手法でもあるし、空間を観察する側にも受け入れられてきたものだ。この手法の鍵は、いかにして効果的な「見通し」を生み出せるかにあると思われる。

 見通しを生み出す代表的な手法は、「俯瞰」であろう。小高い丘から都市や大型建築を俯瞰すると、ほぼその全体を見通すことが出来るため、概ねの三次元空間の成り立ちを一目で把握することができる。これは、誰もが経験的に知るところだろう。

 これと類似したものとして「軸」や「ビスタ」が挙げられそうだ。俯瞰は、小高い丘や展望台などが必要となるため、きわめて特殊な手法といえる。通常は、同一レベルからでもある程度の見通しを確保する「軸」や「ビスタ」といった全体を水平方向に見通す手法が、建築から都市に至るまで広く使われてきた。オスマンによって改変されたパリの大通りのビューや、伝統的な仏教施設の伽藍配置や、丹下健三による広島の平和記念公園のデザインなど、都市や建築デザインにおける定番的手法である。

 やや毛色は異なるが、日本の伝統建築で重用されてきた手法である「雁行」も軸やビスタとはまた別の視点から、複数の建築物を見通す手法として挙げられそうである。

■吹き抜け、透明化、構成主義的なるもの

 「俯瞰」、「軸」、「ビスタ」、「雁行」は、いずれも「水平方向」の見通しを確保すること、すなわち1カットの二次元情報から概ねの空間を読み取らせようという手法といえる。これに対して、多層化し高さ方向の三次元空間化が進んでいる現代の建築や都市では、垂直方向の見通しを可視化することで、たった一つのビューから空間の類推や把握につながる二次元情報をより多く提供できる。この手法の代表的なものとしては、「吹き抜け」があるが、これもまた極めて広く多用されており、もはや事例を挙げるまでもないだろう。

 これに類似したものとしては、ワイヤーフレームで描いた透視図のように、建築を構成する部材自体を透明化することで建築内部の空間を見通す手法がある。ここでは「透明化」と名付けることにしよう。実際にはガラスや疎に配したルーバーを用いるケースが多い。

 ガラスを用いた透明化の手法も、枚挙にいとまがないが、中でもOMAの「図書館案」や、各階に異なる機能が配された様子をそのまま可視化した伊東豊雄氏の「せんだいメディアテーク」などにその極致を見ることができる。ルーバーを用いた透明化は、「馬頭広重美術館」など隈研吾氏の作品の中に繰り返し見ることが出来る手法であり、多くの建築家に強く影響を与えている。

 僕自身のチャレンジでいえば、「吹き抜け」を用いたものでは「長崎県庁舎」、ガラスを用いた「透明化」では「乃村工藝社本社ビル」や「ルネ青山ビル」などが挙げられる。

写真02:乃村工藝社本社ビル

 よりダイレクトに三次元空間と二次元のビューを繋ぐものとしては、かつてのロシア構成主義のように、建築を構成するエレメントをシンプルなボリュームへと還元し、建築全体をそのエレメントの構成として全体をデザインする手法がある。ここでは仮に「構成主義的」手法と名付けておくことにする。僕自身のチャレンジとしては、「ホキ美術館」(外観)が挙げられると思う。

写真03:ホキ美術館の外観

■シークエンス

 上記の、同じ「軸」でも、ビューが固定されずに移動をし始めると、その途端に空間把握の手掛かりとなる二次元情報の数は激増する。しかしこの場合、膨大な二次元情報は長期記憶として処理され、脳内に三次元空間として再構築されるというよりも、残像的に、もしくは動画的に連続した情報となり、静止視点から吹き抜け空間を望むとき以上に、実体としての三次元空間をダイレクトに近い形で、ほぼリアルタイムに把握し認識できる状態となる。まさに内部に入り人間が移動や観察ができる「建築ならではの手法」といえる。ここではこの手法を「シークエンス」と呼ぶことにする。

 事実、多くの建築家が、シークエンスを生み出すべくチャレンジを重ねてきた。西洋の教会建築等で数多く見られる主廊下や回廊、近代以降に多くの建築家が取り組んできた「建築的プロムナード」などがその代表事例となるだろう。さらに、伊東豊雄氏の「中野本庁の家」の回遊的なシークエンスや、西沢立衛氏の「森山邸」における分散配置された諸室間を移動するランダムアクセス的シークエンスなど、現代における建築の誕生を考える上で、線形を逸脱したシークエンスを形作る手法は、非常に大きな位置を占めるテーマとなっている。

 僕自身のチャレンジとしては、「ホキ美術館」や「桐朋学園調布キャンパス1号館」「On the water」などが挙げられる。

写真04:ホキ美術館。ギャラリーがカーブしているため、奥に向かって歩いていくことで、シークエンスが感じられる
写真05:桐朋学園調布キャンパス1号館。ガラス張りかつ雁行に配されたレッスン室の間に組み込まれた、自然発生集落を感じさせるナチュラルなシークエンス
写真06~08:On the water(以下2点も同じ)。建築全体がスパイラル上のプロムナードを形成していて、どこを歩いていてもシークエンスが楽しめる

■今後の方向性

 最近の建築においてはシークエンスも、より長めの時間軸での建築の変容をデザインすべく、人間の生命に近い長さの時間と空間との関係に関心が注がれているように見える。

 そうした状況に至った理由の一つは、建築は設計や建設が完了して終わりではなく、その後のオペレーションこそが重要であるとの再認識がなされるようになり、建築家の意識が建物のライフサイクル全般へと広がっている状況がある。ZEB(ネットゼロ・エネルギー・ビル)やZEH(ネットゼロ・エネルギー・ハウス)、そしてカーボンニュートラルの追及が必須の時代となったことが挙げられそうである。

 加えて、建物の保存や改修やコンバージョンに対する意識も大幅に変わり、同時に、建築やそれを構成する諸要素の「経年変化」や「エイジング」といったテーマへの関心も高まっている。

 こうした状況の変化がここに来てなぜ起こったのか。このメカニズムが理解できているわけではないが、日本の建築文化の成熟や全世界的なカーボンニュートラルの動きが、この変化の強い後押しとなっていることは間違いない。しかし実際には、これらの課題が建築空間として解決が図られ、デザインされた事例は少ない。例えば「カーボンニュートラル建築」を見てみても、現時点では、設備機器と素材での対処にとどまっており、建築空間に直結するような建築の根源に関わる手法は未だ見えてはいない。

 このような思いの中、2024年の年頭に当たり、次に示す視点から建築と空間との関係を見直し、新たな「建築の誕生」を目指したいと考えている。

・IT技術(特にLiDARなどのセンシング技術)を使うことで、これまでは不可能だった三次元空間の新たな「見通し」や複数視点からの同時観察が実現されることにより、空間の把握や認識の方法が大きく変わる可能性がある。

・自動車に代わる新たなモビリティが誕生し、都市空間や建築空間の内外の移動が変化することにより、新たな「シークエンス」が生み出され、これまでと異なった三次元空間の把握ができるようになる可能性がある。

・生成AIと人間の連携により、人間の記憶力の限界を超える記憶に代わる二次元情報の集積方法や、仮想三次元空間の構築方法が変わることにより、空間の認識が大幅にアップグレードする可能性がある。

 兆しはすでに見えている。これらのうち、そのごく一部が実現されるだけでも、建築や都市の三次元空間の把握が変化し、建築はその本質的な三次元空間レベルで新しいステージを迎えることになると思っている。2009年の「BIM元年」、2022年末から23年にかけての「生成AI元年」に引き続き、2024年は、これらの具体的な兆しが見える「シン空間元年」が到来するかもしれない。

山梨知彦(やまなしともひこ):1960年生まれ。1984年東京藝術大学建築科卒業。1986年東京大学大学院都市工学専攻課程修了、日建設計に入社。現在、チーフデザインオフィサー、常務執行役員。建築設計の実務を通して、環境建築やBIMやデジタルデザインの実践を行っているほか、木材会館などの設計を通じて、「都市建築における木材の復権」を提唱している。日本建築学会賞、グッドデザイン賞、東京建築賞などの審査員も務めている。代表作に「神保町シアタービル」「乃村工藝社」「木材会館」「ホキ美術館」「NBF大崎ビル(ソニーシティ大崎)」「三井住友銀行本店ビル」「ラゾーナ川崎東芝ビル」「桐朋学園大学調布キャンパス1号館」「On the water」「長崎県庁舎」ほか。受賞 「RIBA Award for International Excellence(桐朋学園大学調布キャンパス1号館)「Mipim Asia(木材会館)」、「日本建築大賞(ホキ美術館)」、「日本建築学会作品賞(NBF大崎ビル、桐朋学園大学調布キャンパス1号館)」、「BCS賞(飯田橋ファーストビル、ホキ美術館、木材会館、NBF大崎ビルにて受賞)」ほか。


※本連載は月に1度、掲載の予定です。これまでの記事はこちら↓。

(ビジュアル制作:山梨知彦)