日曜コラム洋々亭45:旧香川県立体育館問題で「再生の会」のサウンディング型市場調査の提案がすご過ぎる件

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 「船の体育館 再生の会」(旧香川県立体育館保存の会、代表は一級建築士の河西範幸氏)は2023年2月24日、同会のウェブサイト上で「幻の船の体育館再生計画」を公表した(こちら)。今年2月7日に香川県が 旧香川県立体育館の取り壊しの方針を正式発表したのを受けて、2021年10月に行われたサウンディング型市場調査に提出した案を公表したものだ。

筆者が一番惹かれたのがこのビジュアル(資料: 船の体育館 再生の会)

 香川県が旧香川県立体育館(設計:丹下健三、1964年)の利活用について、民間事業者から提案を募るサウンディング型市場調査を行ったことについては、当サイトでも昨年2月に書いた。

日曜コラム洋々亭39:旧香川県立体育館の保存問題とともに注目してほしい坂倉準三・伊賀市旧庁舎の行方

 実はこのときの記事は、「県がサウンディング型市場調査をやるのはアリバイ的なもので、現実的には活用は無理だろう」と半ばあきらめの気持ちで書いた。 旧香川県立体育館については前職の日経アーキテクチュア記者時代、改修の入札不調が続いた頃から取材していたからだ。だからこのときの記事では、うまくいきそうな気配のあった伊賀市旧庁舎(旧上野市庁舎)の方に力を注いでいる。そちらは実際に、いい方向に進んでいる(こちらの記事)。

 しかし、今回再生の会が公表した計画案を見て、その活用策の面白さとスキームのリアリティーに驚いた。こんな活用アイデアがあったのか。それをここまで詳細に検討したのか……。

 勝手に無理だろうと思ってしまった反省を込めて、当サイトにて提案の詳細を掲載させてもらう。もちろん河西範幸代表の了解は得ている。以下は、太字部分が提案資料からの引用、通常書体は筆者(宮沢)の補足と感想である。

船の体育館 再生計画(旧香川県立体育館)

 世界的建築家、丹下健三が設計した旧香川県立体育館の新しい用途として、スケートボードやスポーツクライミングができる「エクストリームスポーツパーク」として利用することを提案します。

提案資料の1枚目 (資料: 船の体育館 再生の会)

 エクストリームスポーツは今後日本での発展が予想されており、新たなスポーツ施設としての役目をこの建物に与えれると考えています。

 現在スケートボードについては高松市中心部には楽しめる場所がなく、安全に楽しめる場所が望まれています。

 小豆島、五色台、庵治が天然の岩を登るフリークライミングで有名な場所であるため、スポーツクライミングを愉しむ県民もすでに多く、今後の増加も期待できます。

 新しいスポーツの発展と今後の選手の育成の場として、この建物は将来の人達が有効活用されることでしょう。

再生方法の解説

提案資料の2枚目 (資料: 船の体育館 再生の会)

①現在の状態
 約 1.2m間隔に張られたストランド鋼線に約 1.1m角のPC板を引っ掛け乗せ、目地をコンクリートで打設することで、シェルを形成し吊り屋根構造としています。目地コンクリートが屋根面より盛り上がっているため、屋根中央部に水が貯まる状態になっています。

 おそらく経年劣化による屋根防水層の隙間などから、水が目地コンクリートに浸透しPC板のジョイント部にある鉄筋が腐食したと思われます。そして PC板の落下が現在懸念されています。

提案資料の3枚目 (資料: 船の体育館 再生の会)

 3度に渡る入札不調の結果から既存屋根を取り払い、改修することが可能なのかを建築構造の専門家に協力してもらい検討した結果、屋根がなくても直ちに建物が崩壊せず、屋根なしの状態で改修工事が行えそう、と見解を頂いております。実現性についてはモデル化を行い構造解析を行う必要があります。

 ここで補足。前職時代に入札不調の理由を取材したところでは、改修の費用が読みにくい大きな要因として、この吊り屋根が構造的にコンクリート躯体とつりあっているため、想定されていた防水補修のコストでは済まないという懸念があったようだ。この提案書によると、構造の専門家を交えて検討した結果、「屋根がなくても直ちに建物が崩壊せず、屋根なしの状態で改修工事が行えそう」とのことだ。これは前提条件の見直しとしてすごく大きい。

②既存の屋根を取り除いた状態
 今回の提案では、既存アリーナを屋外のエクストリームスポーツパークとして使用することを提案します。

 建物の両サイドにある縁梁に約10mピッチで幅300mmの壁柱を取り付け、壁柱を庇状の屋根でつなぎ縁梁の補強とバランス取りを行います。

提案資料の4枚目 (資料: 船の体育館 再生の会)

 なるほど、吊り屋根を取った分、コンクリートの壁柱と庇を新設して、既存コンクリート躯体とのバランスを復活させるわけか。

 既存建物はバリアフリー化がされていないので、昇降のためのエレベーターを設けバリアフリーに配慮します。エレベーターは既存躯体を極力壊さないで取り付ける大きさとします。(現在想定 9人乗り x2台 +既存リフト(運搬用))

 既存アリーナ及び観客席部は屋外となるので、防水工事を行います。下階に部屋のあるアリーナ部はアスファルト防水 +シンダーコンクリート、下階に部屋のない観客席部は FRP防水を想定しています。

 新設のケーブルを既存と同じように田の字に張り、外観、内観共に県民の記憶に残っている香川県立体育館の印象を継承しながら屋外施設として改修します。

提案資料の5枚目 (資料: 船の体育館 再生の会)

 なるほど、もう中央部分に屋根は付けない、と。スケートボードパークならば、まあ屋根がない施設の方が普通だろう(そこは筆者の専門ではないので、認識が違っていたらごめんなさい)。少なくともクライミングは庇の下でできそうだ。

 筆者が上のパースを見て思い浮かべたのは、幻のザハ・ハディド新国立競技場案だ。屋根を取ってケーブルだけにすることで、空間の3次元性がより強調されて見えるのが素晴らしい。

アリーナを屋外とし、スケートボードとスポーツクライミングが練習できる開かれた場所に
 屋根を取り除き、屋外空間としスケートボードパークと壁面を利用したスポーツクライミング場とします。

提案資料の6枚目 (資料: 船の体育館 再生の会)

 利用者の快適性を向上させるために軽食を販売する売店コーナーを設けます。また、建物の出入りは基本的に無料で自由とし人々が普段から集える場所とします。そして適度に緑化し憩いのスペースともなるように努めます。

提案資料の7枚目 (資料: 船の体育館 再生の会)
提案資料の8枚目 (資料: 船の体育館 再生の会)
提案資料の9枚目 (資料: 船の体育館 再生の会)
提案資料の10枚目 (資料: 船の体育館 再生の会)

 ……と、改修案はこんな感じだ。ここから先は「事業スキーム」。

事業スキーム

提案資料の11枚目 (資料: 船の体育館 再生の会)
提案資料の12枚目 (資料: 船の体育館 再生の会)

ビジネスプラン A:解体工事費予算を改修費に充て、耐震など最低限度の改修をし施設運用を始めるプラン

提案資料の13枚目 (資料: 船の体育館 再生の会)

ビジネスプラン B:耐震など最低限度の改修費を香川県から借受、建物から得る賃貸収益で完済するプラン

提案資料の14枚目 (資料: 船の体育館 再生の会)

 なるほど、解体工事の予算分を改修費(あるいは事業資金)に充てて小さく事業をスタートするというのは現実的。筆者は以前にも書いたが、公的な改修を伴う工事を行政が「民間からの寄付」前提で計画するのは民主手続きとしておかしい、と思っているので(こちらの記事)、このスキームはあり得る選択肢だと思う。

ふるさと納税 or クラウドファウンディング返礼品アイデア例
 旧香川県立体育館(船の体育館)は日本人として世界に初めて認められた日本人建築家である丹下健三の代表作の一つとして、すでに世界的に有名であり、再生へ向けた寄付を募れば全世界的に資金を集めることが可能です。下記に寄付してくれた人へお返しできるもののアイデアを記しています。

提案資料の15枚目 (資料: 船の体育館 再生の会)

 返礼品もちょっとした話題になりそうだ。

提案資料の16枚目 (資料: 船の体育館 再生の会)

 提案書はここまでの16枚。だが、このほかに改修の図面集と概算見積表がある。概算見積表はなんと81枚にもおよぶ。

せめて不可の理由が知りたい…

 再生の会はサイト上で、「提出時のプレゼンのみで、その後の協議など全く無く今回の県側の発表となりました」と書いている。これだけのものを提出した後に、何の連絡もなく、いきなり「解体します」と発表になったときの落胆は想像を絶する。

 ちなみに、県のサイトでたどれる公式な文面は下記のようなものだ(太字部)。

「ご提言等の内容(旧県立体育館について)」への回答(2023年2月9日)

 昨年度(2021年度)に実施したサウンディング型市場調査では、旧県立体育館は丹下健三氏の設計によるもので、「我が国最初期の吊屋根構造の建築」、「吊屋根構造と一体化した、ダイナミックなアリーナ空間」、「巨大な縁梁とそれを支える大柱から構成される、彫刻的なコンクリートの造形」などの建築的な特徴を説明の上、英語版のパンフレットも作成して、民間事業者から利活用の方法などについて広くご提案を求めたところです。この調査では、こうした民間事業者ならではのさまざまなご提案をいただいた一方、資金の面では、民間事業者が県の財政支援などを受けることなく単独で持続的な運営を行うことは難しいと認識しました。

 解体工事費は県が出す予定なのに、その分を改修費(あるいは事業資金)に充てて事業をスタートするのはなぜだめなのか。その事業性が甘いというなら、それはそれで理由を具体的に回答すべきでないか。加えて、こういう提案は県のサイトで公表すべきなのではないか(もちろん提案者の了解を得たうえで)。

 私は別に県の人たちを敵視しているわけではない。香川県庁舎については免震改修して残す、という判断をした人たちである。そんな人たちがこの提案を見て、何もなかったようにスルーするのはさすがにどうなのか、と思うのである。(宮沢洋)