考えずに委ねるが吉? 原広司展@国立近現代建築資料館の楽しみ方

 国立近現代建築資料館の春日通りを挟んだ向かい側には湯島天神がある。本当はおみくじでも引いて帰ろうかと思っていたのだが、開催中の「原広司展」を見たら「考えずに委ねるが吉」というフレーズが頭に降りてきて、お参りした気分になって家路に着いた。

会場入り口(写真:宮沢洋)
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読まれた記事ベスト3は「中之島美術館」「グラスハウス転生」「ドライブ・マイ・カーの謎」──2022年PVランキング+α

 明けましておめでとうございます。2023年も建築ネットマガジン「BUNGA NET」をよろしくお願いいたします。新年1本目は、2022年の年間PV(ページビュー)ベスト10。出し惜しみせず、1位から行きます。

◆1位
「大阪中之島美術館」ついに開館、建築雑誌泣かせのブラックキューブと静謐な巨大洞穴(2022年1月31日公開)

(写真:特記以外は宮沢洋)
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イラストで見る磯崎新氏の魅力と誤解──『建築巡礼』よりマイベスト3

 建築家の磯崎新氏が2022年12月28日に亡くなった。享年91歳。これから多くの方が重厚な追悼文を書かれると思うので、ハードルが上がる前に筆者(宮沢)の個人的ベストスリーについて書かせていただき、たむけとしたい。

つくばセンタービルを見て驚いたのは…(イラスト:宮沢洋)

 Office Bungaの相棒、磯達雄との連載『建築巡礼』は、年が明けると丸18年となる。18年間の中で、磯崎氏が設計した建築を3つ取り上げている。自分が取材の段取りをしているからということもあるが、その3件は筆者が好きな磯崎建築ベスト3と重なる。

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越境連載「イラスト名建築ぶらり旅」14:脱・建て替え時代の全天候型広場──新宿住友ビル三角広場

 今の流れでいくと、超高層ビルが重要文化財に指定される日が来ても不思議はない。日本初の超高層ビル「霞が関ビルディング」(1968年完成)は歴史的重要性から見て最有力候補として、今回訪ねた「新宿住友ビル」(1974年)も、「使い続けるために変化を遂げた超高層ビルの先駆け」として同様に有力な候補になると筆者は勝手に考えている。

(イラスト:宮沢洋)

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「藤田嗣治だけ」の展示空間を覆うレンガ積みの外壁、くつろぎながら作品に浸る軽井沢安東美術館がオープン

 夕日に映えるレンガ積みの大きな壁面——。軽井沢駅から北へ徒歩約10分という好立地に2022年10月、オープンした「軽井沢安東美術館」(長野県軽井沢町)だ。11月半ばの夕方、同美術館の設計者であるディーディーティー代表の武富恭美氏、施工を担当した清水建設東京支店埼玉営業所工事長の杉山和弥氏の両名に、現地を案内してもらう機会を得たので、見どころをざっとお伝えしよう。

軽井沢安東美術館の西側ファサード。所在地は長野県軽井沢町軽井沢東43-10。建物の最高高さは9.97m(写真:以下も特記以外は森清)
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越境連載「建築シネドラ探訪」29:「ダイ・ハード」はクリスマスに見る最上のアクション映画、リアルさのカギは機関銃

 今ではクリスマスに見る最上のアクション映画ともいわれる「ダイ・ハード」(1988年公開)。“クリスマスに銃撃戦”“共感型の中年ヒーロー”という従来の常識を打ち破ったこの映画は、建築的な視点で見ても、従来のビル脱出モノとは一線を画する作品である。

(イラスト:宮沢洋)

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大高正人の「海員組合本部会館」がOB野沢正光の手で最先端ビルへとバリューアップ決定

 大高正人が大好き!という人は相当の建築ツウだ。一般の人が普通に知っている建築家ではない。そんな建築家の最初期の建築をこんなに大事に使い、さらに100年使える建築にバリューアップしようというクライアントがいようとは…。12月18日に行われた「全日本海員組合本部会館(1964年竣工、設計:大高正人、構造設計:青木繁)保存改修工事決定・見学会」に参加し、「いろいろあった1年だったけれど来年はいいことがありそう!」という気持ちになった。そんな晴れやかな気持ちになった参加者は、きっと多かったと思う。

六本木のど真ん中に、築60年近い建築がこんなにきれいな状態で残っていることにまず驚かされる。既に改修を終えた建物のよう(写真:宮沢洋)
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「52間の縁側」は形の遊びにあらず、事業者の介護哲学を建築家・山崎健太郎氏が葛藤の末に空間化

 建てる前から多くの人の注目を集めるプロジェクトがある。規模が大きいわけでも、お金をかけて宣伝しているわけでもない。住宅程度の大きさで、ひっそりした佇まいであっても、瞬時に人の心を捉える…。そんな計画がごくまれにある。この1年ほどの間、筆者がずっと気になっていたのが、この「52間の縁側」だ。設計者は山崎健太郎氏(山崎健太郎デザインワークショップ主宰)。

(写真:宮沢洋)
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日曜コラム洋々亭43:活用へと進み出した坂倉準三・伊賀市旧庁舎の写真を見ながら、解体決定した羽島市庁舎との差を考える(後編)

 坂倉準三の初期の代表作の1つ、羽島市旧庁舎(1959年竣工)の解体が決定したと前回書いた。2022年は中銀カプセルタワーが消え、東京海上ビルの解体が始まり…と、そんな悲報ばかり書いてきたが、唯一「良かった!」と言えるニュースが伊賀市旧庁舎(旧上野市庁舎、設計:坂倉準三、1964年竣工)の活用事業者が決定したことだ。

伊賀市旧庁舎の屋上庭園を見下ろす(写真:宮沢洋)
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日曜コラム洋々亭42:民間提案不採用で坂倉準三・羽島市旧庁舎の解体が決定、活用に進む伊賀市との差は何か?(前編)

 当サイトで何度か伝えてきた羽島市旧庁舎(設計:坂倉準三、1959年竣工)が解体となることが12月9日に正式発表された。今年8月22日~9月30日まで、民間事業者から利活用の提案を募集していたが、解体するとの結論を市のサイトに掲載した。

羽島市旧本庁舎の方針決定について
(羽島市のサイトに2022年12月9日に掲載)

新庁舎が完成し、立ち入り禁止となっている羽島市旧庁舎(写真:宮沢洋)

 民間からの提案がなかったわけではない。2者あった。それも市のサイトで見ることができる。

羽島市旧本庁舎利活用方法の提案募集結果について
A団体提案書「子育て支援と中心市街地活性化の施設」へのコンバージョン

B団体提案書「坂倉準三記念 はしま建築専門ミュージアム」

 実はB団体の「坂倉準三記念 はしま建築専門ミュージアム」の提案者は、私の知人の建築家だ。市のサイトにビジュアルも掲載されているので転載する。

B団体の提案の一部(羽島市のサイトより)

 2つの提案を、市は下記のように評している(太字部)。

 令和4年9月30日までの提案募集の結果、2団体から提案書を受け付け、提案内容としては、一つが「子育て支援施設」(A団体)、もう一つが「坂倉準三記念 はしま建築ミュージアム」(B団体)としての利活用を目指すという趣旨のものでした。

 2つの提案を受け、市としては、その内容を項目毎に精査いたしました。1点目は、事業主体についてです。今回の提案募集の目的は、市としての利用目的が見いだせない中、民間事業者等を事業主体とすることを大前提として、具体的な事業主体のもと提案をいただくというものでした。事業主体に関しては、2つの提案において、行政主導若しくは今後募集、選定することを前提としており、現段階において、耐震改修や施設運営を担う事業主体となり得る明確な民間事業者等による提案とは認められませんでした。

 2点目は、安全性確保の方法についてです。旧本庁舎の保存・利活用にあたって、今後20年以上の長期間にわたっての事業継続が求められる中、安全性確保の方法については、それぞれの団体から耐震改修に係る工法についての提案はありましたが、地盤改良や長寿命化対応については今後の検討事項とするなど、全体の事業費を含め、施設の安全性の確保については、不明な点がありました。

 3点目は、事業費の確保についてです。耐震改修工事や施設運営を確実に実施するため、工事費用及び施設運営経費がいくらかかるのか、また、民間事業者等の負担を前提とする中で資金をどのように調達するのかを提案募集したところです。

 事業費確保についての提案としては、行政からの補助金の活用、PPP・PFI事業公募により選出された運営業者からの拠出、クラウドファンドや賛同企業等からの出資、旧本庁舎敷地の一部を利用した事業用オフィスからの収益等を事業費に充てる等の提案内容でした。いずれの手法においてもその提案について不確定な要素が多く、資金調達の確実性や継続性において不明な点がありました。以上が2団体から提案された内容についての検証後、再度、市から確認事項の問い合わせを行った回答に基づく検証結果であります。

 提案内容においては、現段階において明確な民間事業主体等が存在せず、また、確実な事業実施、資金調達が見通せないことから、民間事業者等を事業主体とする旧本庁舎の保存・利活用の実現は困難であるとの結論となりました。

新庁舎から旧庁舎を見下ろす
左は2021年秋に完成した新庁舎(設計:佐藤総合計画・アートジャパンナガヤ設計・川﨑建築設計室JV)

 そして、こう結論づけた。

 旧本庁舎の保存・利活用に向けては困難であるとの結論となり、旧本庁舎の取扱いについては、「解体すること」を市の方針といたします。

 なお、解体に向けて今後事業を進めるにあたり、旧本庁舎の記録・記憶を後世に伝えられるよう、デジタル技術による映像化や資料収集に努めるなど、最大限の措置を講じてまいります。
 

坂倉設計の旧庁舎を残すことになった三重県伊賀市

 今回の民間提案募集までの経緯や、それに対する私(宮沢)の考えは下記の記事に書いてきた。

風前の灯の坂倉準三「羽島市庁舎」、民間提案募集が「あるかも」と聞き、勝手に提案
(2022年6月14日)

【大手メディアの方へ】羽島市が坂倉準三による旧市庁舎の民活提案を募集中、「20年以上の活用」と「耐震補強」が条件
(2022年8月3日)

 藁をもつかむ思いで提案書をつくられた2団体の方には敬意を表したい。ただ、資金の出どころを含む具体的な事業スキームを求めていた市の姿勢から考えれば、2つの提案を見ての今回の結論は、まあそうだろうなとは思う。ここに至って私が過去に書いたことと同じことを書いても覆るわけがないので、興味のある人は上の記事を読んでいただきたい。

解体の危機を乗り越え、民間主体で活用へと進み出した伊賀市旧庁舎(旧上野市庁舎)
同庁舎の屋上

 せめて今後のヒントになりそうなことを書き残すために、同じ坂倉準三の設計による旧庁舎を活用することになった三重県伊賀市との差について考えてみたいと思う。羽島市庁舎の5年後の1964年に竣工した建築だ。ちょっと記事が長くなりすぎるので、具体的な考察は後編(来週)に送る。(宮沢洋)