大阪の新生・藤田美術館が開館、隣接する公園との見事な一体感は今後のヒント

 2017年から大規模な改修工事を実施していた藤田美術館(大阪市都島区網島町)が、4月1日にリニューアルオープンした。

(写真:宮沢洋)

 同館は、実業家の藤田傳三郎(1841~1912年)とその息子たち(平太郎、徳次郎)によって築かれたコレクションを中心として、1954年に開館した。国宝9件、重要文化財53件を含む約2000件のコレクションを所蔵しており、特に、瑠璃色に輝く「曜変天目(ようへんてんもく)茶碗」は、国宝指定された3碗の1つとして知られる。

国宝「曜変天目茶碗」は一番奥の部屋で見られる。さほど焼き物に詳しくない私(宮沢)でも、これはとんでもない茶碗だと分かる


 リニューアル前は「蔵の美術館」として知られていた。明治~大正期に建てられた藤田家の邸宅の蔵を改装し、展示室として再利用してきた。藤田家の邸宅は1945年の大阪大空襲で焼失したが、蔵と中の美術品は延焼を免れた。そんな逸話が残る蔵だった。(かつての蔵の展示室を見たい人は、他紙ですがこちらを)

 しかし、老朽化が激しく、大掛かりな耐震改修なども検討されたものの、今後を見据えて全面的に建て替えた。設計・施工は大成建設が担当した。設計の中心になったのは、大成建設関西支店の平井浩之設計部長だが、設計過程では館長の藤田清氏が、“統括建築家”と言ってもいいほどに、さまざまなアイデアを出した。もちろん、全部その通りになった訳ではなく、それに対する大成側の提案もあって、例えば建物の外観は当初提案とは全く異なる白い大庇とガラス開口の箱になった。古い蔵の記憶を引き継ぐため、象徴的な部材を残して随所に使っているが、単に古いものを踏襲するという守りの建築ではない。

 …と、なぜプロセスをそんなに詳しく私が知っているかというと、1年ほど前に、縁あって藤田館長と対談させてもらったからだ。(そのときの記事は、館のサイトのこちら

 ちょうど開館日の4月1日に大阪で仕事があったので、初日に行ってみた。展示物が置かれてから館内を見るのは私も初めて。エントランスホールの大らかさや、展示室内の「異物の少なさ」など、藤田館長のこだわりが改めて伝わってきた。

 展示は常に3テーマで構成。1カ月ごとに1テーマずつを変更し、3カ月後に訪れれば常に全てが新しい展示になるようにするという。開館記念の4月は、国宝「曜変天目茶碗」と、同館が12巻全てを所有する国宝「玄奘三蔵絵」第1巻(鎌倉時代)が展示されている。

清々しい「イグジットホール」?

 そして、これは藤田館長には言いづらいことなのだが、実際に開館した美術館を見て最も心を動かされたのは、“展示を見終わった後”の動線だった。

 展示室を出ると、エントランスとは逆側(北側)のホワイエのような空間に出る。展示室を見た後に、こういうふわっとした空間があるのは珍しい。「エントランスホール」という言葉と対比するならば「イグジットホール」か。展示室内が暗いので、明るい光に包まれたこの空間に出ると、深呼吸したくなる清々しさ。西側のガラス開口からは多宝塔(高野山から移築したもの)が見えて、庭に吸い込まれるよう。今回、実際の展示を見て、この空間の価値がわかった。

 帰路に着くには、そこから半屋外の縁側のような空間を南に戻る。そこから見える庭があまりに気持ちよくて、庭も歩いてみたいなと思っていたら、その考えを察するように庭の方に向かう小道が分かれていた。そちらに歩くと、館の出口を出ることなく、広い庭園内を散策できるのだ。

いつの間にか隣の公園!

 「美術館の庭なら当たり前じゃないか」と思われるかもしれない。だがこれは、いつの間にか隣の公共公園に入っているのである。大阪市指定名勝「藤田邸跡公園」だ。名前から想像がつくように、もともとは藤田傳三郎の本邸に作庭された庭園だが、真下を通るJR東西線・大阪城北詰駅の整備をきっかけに、2004年から大阪市の公園となった。

 今回のリニューアル以前には、公園と美術館の敷地境界には、塀が立っており、お互いチラリとは見えても行き来はできなかった。今回、大阪市と協議して、塀を取り払った。今では敷地境界がどこなのか全く分からない。見事な連続感だ。

 対談でこの美術館を訪れたときには、建築の話に終始してしまい、公園側に行ってみなかった。不覚…。この公園、さすが藤田傳三郎の庭園だけに素晴らしい。藤田傳三郎は藤田観光のルーツをつくった人でもある。公園の正門があまりにも重厚な門であるがゆえに、新参者はかえって敷居が高く感じてしまう。

公園入り口の門

 今後は私のように、美術館に来て公園の存在を知り、中に初めて入る人は多いに違いない。逆に、公園に来て、ふらっと美術館に立ち寄る人もいるはずだ。エントランスホールの喫茶は、入館料を払わなくても利用できる。一休みにうってつけだ。

エントランスホールには“あみじま茶屋”と名付けた喫茶カウンターを設置。抹茶と地元和菓子店指導によるだんごのセットを500円で提供。美術館の入場料は1000円、19歳以下無料と、なんか安すぎません?

 まさに「Win-Win」。たかが塀、されど塀、である。

公園は桜が満開!

 近年、Park PFIなど、公園を官民で共同開発する例が増えている。それもいいとは思うのだが、公園の隣地で民間が公園を活用する事例も、もっとあっていいのではないか。この美術館を見て、そう思った。古美術ファン、建築ファンはもちろん、公園に関わる人にも見てほしい美術館である。(宮沢洋)

藤田美術館
所在地:大阪市都島区網島町10番32号
入館料:大人1000円、19歳以下無料

発売前に重版決定、話題の写真集『津山 美しい建築の街』は書き下ろしの歴史編も圧巻

 発売前に重版(増刷)決定──。私(宮沢)もたくさんの本をつくってきたが、そんな経験はない。うらやましい。本日4月1日に山陽新聞社から発売となる、稲葉なおと氏の新刊『津山 美しい建築の街』の話である。

4月1日に発売となる『津山 美しい建築の街』の津山文化センターのページ。著者の稲葉なおと氏の了解を得て宮沢が撮影 (以下の写真も)
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越境連載「クイズ名建築のつくり方」05:梅田スカイビル、リフトアップ時の妙案は?

 2つの超高層ビルをつなぐ空中庭園展望台のリフトアップ工事で、 施工者が考えて実施した アイデアはどれ?

(1)リフトアップ当日まで 実施日を知らせず、街の人々を驚かせる
(2)リフトアップを数カ月間かけてジワジワ行い、話題性を長引かせる
(3)リフトアップをあらかじめメディアに告知し、全国的な話題にする

 答えはこちら。(しんこうWebに飛びます)

吉阪隆正展@MOTが開幕、イラスト会場図を手に「ひげから地球へ」

公立美術館では初の大規模展となる建築家・吉阪隆正の展覧会「吉阪隆正展 ひげから地球へ、パノラみる」が3月19日から東京都現代美術館(MOT、東京都江東区)で始まった。この展覧会では、宮沢が描いたイラスト会場マップが無料で配布されている。宮沢はまだ行くことができていないので、助っ人大学院生、大塚光太郎君(東京大学生産技術研究所)に会場リポートをお願いした。(ここまで宮沢洋)

(写真:宮沢洋)
(さらに…)

「(エンジニアリング)」に注目! 静岡県立中央図書館はC+A・アイダアトリエ・日建設計(エンジニアリング)が妹島氏に勝利

 静岡県は3月7日、「新県立中央図書館整備事業」の設計者を選定する公募型プロポーザルで「C+A・アイダアトリエ・日建設計(エンジニアリング)設計企業体」を最も優れた技術提案書に特定したことを県のホームページで公表した。次順位は妹島和世建築設計事務所の提案書だった。

県がホームページに掲載した「最も優れた技術提案書の概要(事務局による抜粋)」より

 県の発表はこちら

 静岡県は、2段階方式の公募型プロポーザルを昨年秋に公示し、昨年12月の1次審査で6者を選定。今年2月19日に6者の公開プレゼンテーションと2次審査(非公開)を行い、その結果を3月7日に公表した(以下、引用)。

◆特定結果

(1)最も優れた技術提案書を提出した者

・C+A・アイダアトリエ・日建設計(エンジニアリング)設計企業体 

(2)次順位の技術提案書を提出した者

・株式会社妹島和世建築設計事務所 

(3)その他の提案書を提出した者

・有限会社マル・アーキテクチャ

・株式会社平田晃久建築設計事務所

・遠藤克彦建築研究所・RIA設計共同体

・石本・畝森・針谷設計共同体

◆今後のスケジュール(予定)

令和4年3月   最も優れた技術提案書を提出した者と契約について協議

令和4年3月末~ 設計業務委託契約の締結

基本・実施設計 令和4年3月から令和5年9月

※提案内容がそのまま設計案になるものではありません。

◆審査員

審査委員長 長谷川 逸子 長谷川逸子・建築計画工房(株) 代表取締役

副委員長 北山 恒  横浜国立大学 名誉教授

千葉 学 東京大学大学院工学系研究科 教授

貝島 桃代 スイス連邦工科大学チューリッヒ校 教授

古瀬 敏 静岡文化芸術大学 名誉教授

岡本 真 アカデミック・リソース・ガイド(株) 代表取締役

是住 久美子 田原市図書館 館長

難波 喬司 静岡県副知事

県がホームページに掲載した「最も優れた技術提案書の概要(事務局による抜粋)」より

 3月7日に、審査委員長の長谷川逸子氏の審査講評も公表された。

 6作品はそれぞれ新しい考えを導入し優れた作品でした。 二次審査の後に審査委員で議論を繰り返した結果、22番を選びました。 最も優れた技術提案で総合的に優れている点や取組体制等を評価しました。 「静岡県の公共建築はできる限り県産材を使う」という県の方針があります が、図書館としての構造耐火や経済性から公募資料で強要しなかったにもかかわらず「天竜杉のハイブリッド木質構造の採用」に努力したいと記してあるこ とをはじめ、静岡の気候にあった外読書空間と内部との一体化や、静岡県を代 表する植物(旧東海道、三保)の松林等、この場からの歴史や地域性を捉え快 適さと関わるランドスケープデザインの導入など、静岡県の図書館をつくると いう意志が全体に貫かれていました。また審査時、発表者の明確に話す姿勢か ら、これから設計してゆくのに大切な“コラボレーションのためのコミュニケ ーション”も重要ということを合わせ考え、22番を一番に決定しました。(2022年2月21日 審査委員長 長谷川逸子)

設計JVの組み方と「(エンジニアリング)」に注目!

 と、この結果自体はいろいろなメディアが報じると思う。このBUNGA NETが注目したいのは、最優秀チームの設計JVの組み方だ。赤松佳珠子氏を中心とするC+Aと会田友朗氏率いるアイダアトリエのアトリエ系2組、そして、日本最大の設計事務所、日建設計のチームである。県の正式発表にある「日建設計(エンジニアリング)」という書き方に注目してほしい。これは「日建設計はエンジニアリング面のみで参加します」という意味だろう。

 それでも普通なら「C+A・アイダアトリエ・日建設計設計企業体」だ。なぜ、わざわざ「C+A・アイダアトリエ・日建設計(エンジニアリング)設計企業体」と書くのか。

 筆者は、昨年11月、『誰も知らない日建設計』という書籍を出した。住友財閥の営繕部門を起源として約120年の歴史を持つ日建設計が、初のデザイン戦略「日建デザインゴールズ」をまとめるまでのプロセスを描いたものだ。その取材の過程を踏まえ、筆者の書いてよい範囲でその意味を推測すると、この「(エンジニアリング)」という表現は、「これから日建設計はエンジニアリングだけでも仕事をとっていきますよ!」という対外的な宣言であると思われる。

 初版の「日建デザインゴールズ」には、計52のゴールズがあって、その中の1つにこういうものがある。

日建グループを開放系の組織に変え、プロジェクト単位で外部の人材を 積極的に取り入れたり、外部の人と仕事をすることで刺激を受け、 日建を内部から揺さぶる仕組みを デザインする(『誰も知らない日建設計』から引用)

 これ、まさに今回のJVの組み方ではないか。このゴールズの文言が実際に機能し始めたのだ。これまで、諸事情により日建設計がエンジニアリング面だけを担当することはあったものの、積極的にエンジニアリングだけを引き受けたことを明示することはまずなかった。そう、アトリエ建築家もこれからは、日建設計のエンジニアリング部門と組めるのである(多分)。

 うーん、いろいろ書きたいのだけれど、後はゴールズの文面から想像するか、日建設計と直接仕事の交渉をしてみてください。とにかくこれは、日建設計120年の歴史の中でも、結構大きな転換点であると日建設計ウオッチャーの筆者は思うのである。果たして「(エンジニアリング)」はこれからどうなっていくのか。もちろん、この図書館がどんな建築になるのかも注目だ。(宮沢洋)

越境連載「建築シネドラ探訪」18:向井理の真面目さは吉か裏目か?「10の秘密」は確認検査員が主役のざわざわドラマ

 「確認検査員」という“裏方”の仕事に脚光が当たるのは、建築関係者として喜ぶべきことなのかもしれない。でも、見ている最中、ずっと心がざわざわしてしまうドラマだ。今回取り上げるのは、2020年にカンテレ・フジテレビ系で放送された連続サスペンスドラマ、「10の秘密」だ。主演の向井理(おさむ)が、大手建設会社の“偽装”を知ってしまった確認検査員を演じる。

(イラスト:宮沢洋)

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映画「ドライブ・マイ・カー」が証明した谷口吉生氏「広島市中工場」のすごさ──建築シネドラ探訪番外編

 遅ればせながら、映画「ドライブ・マイ・カー」を見てきた。この映画、いろいろな人から「宮沢さんは当然見てますよね?」と感想を求められるので、「いやまだ…」と答えるのが辛くなった。なぜ私が見ていると思われるかというと、ロケ地の1つに「広島市環境局中工場」(2004年完成)が使われているから。そう、私の大好きな建築家、谷口吉生氏の設計による名建築だ。

(イラスト:宮沢洋、以下同)

 なるほど、物語として面白い。上映時間が2時間59分もあって、途中で飽きるのではないかと思ったが、全くそんなことはなかった。序盤のふわっとしたエピソードの意味が、それぞれ徐々に解明されていき、見終わると全体が腑に落ちる。実によくできている。

 村上春樹による同名の短編小説を、1978年生まれの濱口竜介監督が、自ら脚本を書いて映画化した。カンヌ国際映画祭で日本映画としては史上初となる脚本賞を受賞。アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞にノミネートされた。あのスティーブン・スピルバーグ監督の「ウエスト・サイド・ストーリー」などと競う。発表は3月27日だ。

みさきが過去を語る重要なシーンで中工場が登場

 若干のネタバレを含むので、これから映画を見ようと思っている人は、後半の写真の辺りから読んでほしい。

 主人公は妻を亡くした俳優・演出家の家福悠介(かふくゆうすけ、演じるのは西島秀俊)。家福が、広島県の演劇祭に招かれ、専属ドライバーとなる寡黙な女性、渡利みさき(わたりみさき、演じるのは三浦透子)との交流の中で、過去を乗り越えていくという話だ。

 「広島市環境局中工場」(以下、中工場)が登場するのは中盤から終盤に向かう辺り。寡黙な渡利みさきが、自分の過去を初めて語る重要なシーンだ。

 演劇の稽古場でトラブルがあった家福は、運転手のみさきに「どこでもいいから車を走らせてくれないか」と言う。みさきは家福を中工場に連れていく。見学路である「エコリアム」を案内しながら、みさきは、「原爆ドームと平和記念公園を結ぶ平和の軸線を遮らないように設計されたそうです」と説明する(セリフは記憶で書いているので正確ではないかも。以下同)。

 みさきは5年前、18歳のときに地すべりで母を亡くした。母の呪縛から解かれたみさきは、免許を取ったばかりの車を運転して、あてもなく広島までやってきた。そして、この清掃局でドライバーとして働き始めた。そんな過去を語る。

 その間、5分間くらいだろうか、建物の外観や、美術館のような見学路、南側の階段状の広場などがたっぷりと映る。

 
 映画を見終わった後、これは村上春樹の原作にも描かれているのだろうか、と気になって、文庫(文春文庫の「女のいない男たち」に収録)を買って読んでみた。想像はしていたが、原作にはなかった。

 中工場のエピソードは濱口竜介監督の創作だ。産経新聞には、こんな裏話が載っていた。

 話題の「ドライブ・マイ・カー」の原作の舞台は東京で、主なロケ地としても、当初は韓国・釜山で決まっていたという。だが、新型コロナウイルス下で海外ロケが行えず、映画の設定となっている国際演劇祭の開催地に適した都市を探していたそうだ。(中略)

 特に濱口監督がほれ込んだ場所の一つが、河口の埋め立て地に建てられた美術館のような趣があるゴミ処理施設「広島市環境局中工場」だ。(中略)「建物内部の中央をガラス張りにし、平和都市の『軸線』を遮らずに海へと抜けるようにして浄化させていると説明したら、台本に書かれていてすごくびっくりしました。映画に出てくる女性ドライバーさんの大切な場所にもなっています」と西崎さん(撮影を支援した広島フィルム・コミッションの西崎智子さん)。
引用元の記事:カンヌ脚本賞の濱口作品も ロケ地・広島の磁力

なぜこのシーンで「中工場」なのか?

 前述したように、この映画はさまざまなエピソードが、後になって「伏線」として回収されていく。だが、この中工場については、ここを取り上げた理由が明確には説明されない。これだけ緻密な脚本を書く人が、「絵になるから」というだけで重要シーンに使うことはないだろう。なので、勝手にその意味を考えてみた。

 このシーンのカギは、みさきが工場内のクレーンやごみの山を見ながら言う「花びらみたいでしょう」というセリフなのではないか。そして、海に向かって伸びる見学路の先に見える光がもう1つのポイント。その空間は、長いトンネルのようでもある。

 みさきにとって、これまでの人生は「散っていくだけ」のものだった。来る日も来る日も散っていく作業を繰り返すごみ処理工場。しかし、心の底ではいつか光が訪れると願っている。光は遠くに確かにある。そんな思いをこのシーンに重ねたくて、ここをロケ地に選んだのではないか。

“美術館の名手”にごみ処理施設を発注した英断

 …と、そんなことは私の妄想に過ぎないので、せっかく中工場に興味を持ってくれた人のために、実際の写真を見ながら建築がらみのうんちくを1つ。

 この清掃工場がなぜ、谷口吉生氏の設計で実現したのか、である。通常、こういう施設は、過去に同種の実績がないと設計者選定の土俵に上がることはない。“美術館の名手”として世界に知られる谷口氏だが、ごみ処理施設の実績はなかった。

(“美術館の名手”についてはこちらの記事参考→谷口吉生氏設計の金沢建築館で「谷口美術館11」展、シャンとした会場に漂う「場の空気」

(写真:宮沢洋、以下も)

 この施設は広島市の「P&C(ピースアンドクリエイト)」事業の1つで、設計が特命(名指し)で谷口吉生氏に発注されたのだ。広島市が1995年から約2年間実施した事業で、正式名は「ひろしま2045:平和と創造のまち」事業という。以下、広島市の資料から引用。

 「ひろしま2045:平和と創造のまち」(以下、「P&C」という。)は被爆 50 周年を記念し、2045年のひろしまに向けて優れたデザインの社会資本を整備していこうとするものです。P&Cの目的は、広島の都市景観形成において重要と認められる本市の建設事業について、計画段階から建築、土木、ランドスケープ等のデザイン力に優れたデザイナーを選定・起用し、特徴ある自然環境を生かしながら、人々に潤いと安らぎを与え都市の風格を高めるような個性ある美しい都市景観の創造を推進していくことにより、広島のアイデンティティの形成を図ろうとするものです。

 P&Cは平成7年(1995 年)4月から開始し、平成9年(1997年)7月までに11事業13施設対象事業に指定し、平成20年度(2008年度)の安佐南区総合福祉センターの完成により、9事業10施設(以下参照)が完了しました。

① 安佐南区総合福祉センター/村上徹(デザイナー名、以下同)/2008年5月(完成年月、以下同)
② 基町高等学校/原広司/2000年3月
③ 矢野南小学校/富田玲子/1998年3月
⑤ 東千田公園/山本紀久/1999年3月
⑥猿猴川アートプロムナード/佐々木葉二/2007年8月
段原リバーフロント地区建築誘導/錦織亮雄/2007年3月
⑦ 中工場/谷口吉生/2004年2月
⑧ 西消防署/山本理顕/2000年3月
⑨ 市民てづくりの里/三田育雄/2001年3月
⑩ 宇品内港埋立地区高層複合住宅整備等/藤本昌也/2001年3月

 90年代には、公共建築の設計発注を、競争入札や設計競技ではなく、「特命」で行おうという機運が高まった時期があった。熊本県の「くまもとアートポリス」がその先駆けで、岡山県の「クリエイティブTOWN岡山(CTO)」や広島市の「P&C」などがそれに続いた。熊本アートポリスは当初、建築家の磯崎新氏が、CTOは岡田新一がそれぞれコミッショナーを務め、設計者選定の中心になった。広島市の「P&C」では、特定の1人の建築家ではなく、地元の学識経験者や都市整備局長、関係局長が設計候補者を検討した。

 そんな仕組みがなかったら、中工場のような建築が実現することはなかったし、この映画「ドライブ・マイ・カー」も全く違ったものになっていたかもしれない。

 「P&C」のことは覚えていたが、今回調べて、正式名称が 「ひろしま2045」であったということを思い出した。原爆投下から100年後の財産をつくるという意味だ。原爆ドームから平和公園を経て海に抜ける“平和の軸線”は、この映画によって世界に知られる共通財産となったと言ってよいだろう。映画内では名前が出ることはないが、中工場の設計者である谷口吉生氏と、同氏を設計者に推薦した誰かに、改めて敬意を表したい。(宮沢洋)

越境連載「イラスト名建築ぶらり旅」06:伝統と革新の京都を目と舌で味わう──THE HIRAMATSU京都

 え、ここがホテル? 約束の時間にメモの場所に行くと、案内役の西澤崇雄さん(日建設計エンジニアリング部門 サスティナブルデザイングループ ヘリテージビジネスラボ)が建物の前で待っていた。西澤さんがいなければ、呉服屋か美術商かと思って通り過ぎたかもしれない。

 訪れたのは2020年3月に開業した「THE HIRAMATSU京都」。続きはこちら

(イラスト:宮沢洋)

速報:審査白熱!宮崎浩氏の長野県立美術館が「日本建築大賞」に

 2月25日の午後4時半ごろ、2021年度の「JIA日本建築大賞」が宮崎浩氏(プランツアソシエイツ)の設計による長野県立美術館に決まった。

右側が長野県立美術館。既存の東山魁夷館(左)とブリッジでつないだ(写真:特記以外は宮沢洋)

 審査の様子がオンライン中継されていたので知っている人は知っていると思うが、報道としてはたぶん、一番の速報だと思う。中継を見て書いているわけではない(だったらもっと早く上げている)。筆者(宮沢)が審査員の1人だったのだ。審査員は下記の5人。

・佐藤 尚巳(建築家、審査委員長)
・松岡 拓公雄(建築家)
・原田 真宏(建築家)
・田原 幸夫(建築家/建築保存再生学)
・宮沢 洋(編集者)

 書類選考を経て、下記の6件を対象に現地審査を実施。コロナ禍であることを踏まえ、事前投票で3件に絞って最終の公開プレゼンと公開審査を実施した。

・MIYASHITA PARK/設計:竹中工務店 日建設計(プロジェクトアーキテクト)
・三組坂flat/設計:伊藤博之建築設計事務所
・山王のオフィス/設計:studiovelocity
・長野県立美術館/設計:プランツアソシエイツ
 →最終選考
・新富士のホスピス/設計:山崎健太郎デザインワークショップ→最終選考
・熊本城特別見学通路/設計:日本設計→最終選考

 ここでは最終選考に残った3件の写真を掲載する。

長野県立美術館/設計:プランツアソシエイツ

 まず、大賞の「長野県立美術館/設計:プランツアソシエイツ」。これは建設中から本サイトでも紹介しているので、そちらの記事も見てほしい。

現場ルポ:新生「信濃美術館」は独自の高断熱サッシで善光寺を存分に見せる

新生・長野県立美術館で「宮崎浩展」開幕、渾身の「つなぎ方」を展示とリアルで実感

 設計者選定のプロポーザルについては下記の記事が詳しい。

プロポの在り方を問いただす 信濃美術館設計プロポーザルでプランツがSANAAを抑える(日経クロステック2017.06.21)

熊本城特別見学通路/設計:日本設計

 続いて、「熊本城特別見学通路/設計:日本設計」。

新富士のホスピス/設計:山崎健太郎デザインワークショップ

 最後に「新富士のホスピス/設計:山崎健太郎デザインワークショップ」。

プレゼン資料より(写真:黒住直臣)
プレゼン資料より(写真:黒住直臣)
プレゼン資料より(写真:黒住直臣)
プレゼン資料より
プレゼン資料より(写真:黒住直臣)
プレゼン資料より(写真:黒住直臣)
プレゼン資料より(写真:黒住直臣)

 
 ということで、公式な審査講評はそのうち公表されると思うので、そちらをお楽しみに。

過去10年の大賞受賞作は?

 ちなみに、審査員を引き受けるにあたり過去10年の大賞受賞作を調べてみたので、ご参考まで。

■2011年度(審査委員:石堂 威・斎藤 公男・三宅 理一)
<日本建築大賞>
ホキ美術館
設計者:山梨 知彦 、中本 太郎、鈴木 隆、矢野 雅規、向野 聡彦 (いずれも日建設計)
建築主:株式会社 ホキ美術館
施工者:株式会社 大林組

■2012年度(審査委員:斎藤 公男・三宅 理一・大森 晃彦)
<日本建築大賞>
竹の会所
設計者:陶器 浩一(滋賀県立大学)
建築主:滋賀県立大学陶器浩一研究室
施工者:滋賀県立大学陶器浩一研究室+たけとも+髙橋工業

■2013年度(審査委員:三宅 理一・大森 晃彦・長谷川 逸子)
<日本建築大賞>
実践学園中学・高等学校 自由学習館
設計者:古谷 誠章(早稲田大学)、八木 佐千子(有限会社ナスカ)
建築主:学校法人実践学園
施工者:大成建設株式会社

■2014年度(審査委員:大森 晃彦・深尾 精一・槇 文彦・長谷川 逸子・西沢 立衛)
<JIA日本建築大賞>
山鹿市立山鹿小学校
設計者:工藤 和美、堀場 弘(いずれもシーラカンスK&H株式会社)
建築主:山鹿市
施工者:光進・相互建設工事共同企業体

■2015年度(審査委員:長谷川逸子(審査委員長)・深尾精一・磯達雄・西沢立衛・富永譲)
<JIA日本建築大賞>
大分県立美術館
設計者:坂 茂、平賀 信孝、菅井 啓太(いずれも株式会社坂茂建築設計)
建築主:大分県知事 広瀬勝貞
施工者:鹿島建設・梅林建設建設共同企業体

■2016年度(審査委員:深尾精一(審査委員長)・磯達雄・西沢立衛・富永譲・相田武文)
<JIA日本建築大賞>
ROKI Global Innovation Center -ROGIC –
設計者:小堀 哲夫(株式会社 小堀哲夫建築設計事務所)
建築主:株式会社ROKI 代表取締役社長 島田 貴也
施工者:大成建設株式会社

■2017年度(審査委員:富永譲(審査委員長)、磯達雄、後藤治、相田武文、淺石優)
<JIA日本建築大賞>
道の駅ましこ
設計者:原田 麻魚、原田 真宏(いずれもMOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO)
建築主:益子町長 大塚朋之
施工者:株式会社 熊谷組首都圏支店

■2018年度(審査委員:相田武文(審査委員長)、淺石優、木下庸子、後藤治、橋本純)
<JIA日本建築大賞>
NICCA INNOVATION CENTER
設計者:小堀哲夫(株式会社 小堀哲夫建築設計事務所)
建築主:日華化学株式会社 代表取締役社長 江守康昌
施工者:清水建設株式会社 北陸支店

■2019年度(審査委員:淺石優(審査委員長)、木下庸子、ヨコミゾマコト、後藤治、橋本純)
<JIA日本建築大賞>
古澤邸
設計者:古澤 大輔(リライトD/日本大学理工学部建築学科)
建築主:古澤 大輔
施工者:株式会社TH-1

■2020年度(審査委員:木下庸子、佐藤尚巳、手塚貴晴、田原幸夫、橋本純)
<JIA日本建築大賞>
京都市美術館(通称:京都市京セラ美術館)
設計者:青木 淳(AS)、西澤 徹夫(株式会社西澤徹夫建築事務所)、森本 貞一(株式会社松村組大阪本店)、久保 岳(株式会社昭和設計)
建築主:京都市
施工者:株式会社松村組大阪本店

越境連載「建築シネドラ探訪」17:石原裕次郎が”未来のコルビュジエ”演じた映画「風速40米」、公開年は東京タワー完成の年

 作家で元・東京都知事の石原慎太郎が亡くなった。享年89歳。このニュースの中で、20代前半の石原慎太郎と弟の石原裕次郎(1934~1987年、享年53歳)が並ぶ写真を見て、裕次郎のあまりのキラキラぶりにこの映画を思い出し、見てみたくなった。1958年に公開された「風速40米(メートル)」だ。

(イラスト:宮沢洋)

 続きはこちら

日曜コラム洋々亭39:旧香川県立体育館の保存問題とともに注目してほしい坂倉準三・伊賀市旧庁舎の行方

 香川県は旧香川県立体育館(設計:丹下健三、1964年)の利活用について、民間事業者から提案を募るサウンディング型市場調査の結果を1月17日に公表した。

旧香川県立体育館。閉館前の2014年9月に撮影。以下同(写真:宮沢洋)
今回の記事で知ってほしいのはこちらの建物。分かりますか?

 1カ月も前の話をなぜ今書くか、というと、古巣の日経クロステックのこの記事を読んだからだ。

岐路に立つ旧香川県立体育館、利活用に向けた調査結果を県が発表(2022年2月16日公開)

 すでにいくつかの報道で県の発表自体は知っていた(県の発表はこちら)。発表内容は下記だ。

・提案書を提出したのは9事業者、10提案。
・10の提案のうち9提案は、耐震改修を行い、利活用を行うもの。1提案は、耐震改修は行わず、建物の外観を都市のモニュメントとして保存する提案。
・耐震改修を行い、利活用を行うとした9提案のうち、2提案は、初期投資やその回収計画について具体的な提案があったが、その内容は、県が財政負担を行うことを想定したものだった。4提案は、資金の回収計画等に関して、数字を示しての具体的な記載はなかった。2提案は、耐震改修を県が行うことを前提とする提案だった。
・県は今回の調査の提案について、その実現可能性について精査を行い、旧県立体育館のあり方について検討を進めていく。

 公式の資料には、この結果を県がどう受け止めているかという記述はない。先の日経クロステックの記事は、県教育委員会保健体育課の「非常に厳しい結果と受け止めている」「県が財政負担をすることを想定しているものや、具体的な数字が示されていない提案が多かった」というコメントを掲載している。

 そうなのか……。私は前職時代の2014年、この体育館が3度にわたる入札不調の末、改修を断念して閉館する経緯を取材した(こちらの記事など)。なので、9者から提案があったということを前向きにとらえていた。そんなに関心を持つ企業があるのか、と。でも、県は「財政負担なしで、自費で耐震改修して活用する事業者」が現れると考えていたのか。それとも、県民への手前、厳しめにコメントせざるを得ないのか。

椅子は剣持勇のデザイン

10年前の入札予定価格は何だったのか?

 この記事で知ったことがもう1つ。県はサウンディング型市場調査を実施する際に、改修工事を試算し、工事費が約18億円に上る可能性を認識していたという。この金額にもびっくり。不落札となった2012年の入札の予定価格は、1回目が約5億7900万円、2回目が約5億9000万円、3回目が約8億1400万円だった。3回目と比較しても2倍以上に上がっている。10年でそこまで建設費は上がっていない。当時の予定価格は“予算ありき”の根拠のない数字だったのでは?と疑いたくなる。

 県は新県立体育館が竣工する24年度までに旧県立体育館の対応を決める考えという。新体育館はSANAAの設計だ。

 

TOTOギャラリー間のSANAA展で展示されている新香川県立体育館の模型(大小のアリーナのつなぎ部分)。右はSANAAの西沢立衛氏。会期は3月20日まで。展覧会のリポートはこちら

保存案件で急増するサウンディング調査

 ところで、「サウンディング型市場調査」という言葉を初めて聞く人も多いかもしれない。

 サウンディング型市場調査は、地方自治体がまちづくり事業や公共施設の有効活用・転用などを行いたい場合、そのアイデアや意見を広く民間事業者に求めるために直接対話し、条件整備をすること。これにより、民間事業者側は自らのノウハウと創意工夫を事業に反映でき、参入しやすい環境(公募条件)を生むことができる。「サウンディング」の語源は、地盤調査の「サウンディング(Sounding)」らしい。

 このサウンディング型市場調査、ここ4~5年で急激に増えた。財政がひっ迫する地方自治体でPFI事業が増え、その“地ならし”のために増えているといわれる。岐路に立つ建築物の保存活用について実施される調査も多い。

 試しに、「サウンディング型市場調査」「保存活用」で検索してみると、ざくざく出てくる。例えば……
・「旧第一銀行横浜支店」の新たな活用に向けてサウンディング型市場調査(横浜市、2021年3月)
雲仙市みずほすこやかランドの民間活用に係るサウンディング型市場調査(雲仙市、2021年5月)
・赤レンガの銀行に関するサウンディング型市場調査(高岡市、2021年7月)
・千歳館利活用に係るサウンディング型市場調査(山形市、2021年11月)

といった具合だ。

坂倉準三の伊賀市旧庁舎(旧上野市庁舎)が「忍者回廊」に

 こうしたサウンディング型市場調査がハッピーな利活用に結びついた例を、残念ながら私はまだ知らない。そんな中で注目しているのが、三重県伊賀市の旧市庁舎だ。旧「上野市庁舎」と言った方がピンと来るだろうか。坂倉準三の設計で1964年に完成した建築だ。

新庁舎への移転前の2015年11月に撮影(以下、同)。伊賀市庁舎は2019年1月、日建設計が設計した新庁舎に移転した(写真:宮沢洋)
かつてはこの庁舎の周辺に、坂倉準三の設計で同時期に建てられた伊賀市北庁舎(旧三重県上野庁舎)や公民館があったが、ともに2012年度に解体されている。模型写真の右上が北庁舎、右下が公民館

 この建物についてはもう10年以上、保存か解体かという議論が続いていた。2020年にサウンディング型市場調査を実施し、その結果を受けて、PFI事業に動き出した。2021年10月からPFI事業の提案公募が始まっている。「伊賀市にぎわい忍者回廊整備(忍者体験施設等整備)に関するPFI事業」という名称だ。

 以下は、伊賀市のサイトからの引用。

 (伊賀市の)中心市街地では依然として高齢化や人口減少が進み、空き家・空店舗が増加するなど、地域活力の衰退が進んでいることから、まち・ひと・しごと創生法の目的及び基本理念に基づいた更なる取組が求められています。

 そこで、東京の「上野恩賜公園と文化施設群」や京都の「南禅寺界隈の近代庭園群」などと同様に『日本の20世紀遺産20選』に選ばれた、「伊賀上野城下町の文化的景観」を構成する坂倉準三による近代建築群や伊賀上野城下町の歴史的な街並みの保全、アフターコロナ時代における観光まちづくりなどの視点も加えつつ、地域に根付く魅力溢れる資源を単体ではなく面として捉え、磨き上げることにより、人と地域が成長し続けることができる空間を創出するべく、上野公園から城下町エリアを結ぶ導線を「にぎわい忍者回廊」と位置づけ、PFI(Private Finance Initiative)手法を用いた公民が一体となった取組を推進します。(ここまで引用)

伊賀市のホームページより

 応募要項を見ると、事業は(1)旧上野市庁舎改修整備事業、(2)忍者体験施設整備事業、(3)まちづくり拠点整備事業(附帯事業)の3つ。そもそも「にぎわい忍者回廊」が何なのかが資料を読んでもさっぱり分からないのだが、上のイメージ図を見ると、旧庁舎は「図書館」あるいは「観光まちづくり拠点」としての利用を想定しているようだ。

 市が事業者に支払う「サービス対価」の予定価格は「38億8500万円(税込み)」と記されている。なるほど、新規施設の整備と旧庁舎の転用をセットでやり繰りするスキームにしたわけか。それなら旧庁舎を単体で事業化するよりも事業者の選択肢は増える。かつては単体で図書館などに転用することを検討していたので、こうした方針への転換には、サウンディング型市場調査の影響があったのかもしれない。

 提案書の締め切りは今年3月22日。5月ごろに契約候補者を決める予定。事業期間は20年間。

 「サウンディング型市場調査をやって良かった」という先例になることを願う。(宮沢洋)

第4次「ガチャ」ブームに乗って「隈研吾シリーズ」登場、全4種を大人買いしてみた!

 わけあって数日前から、自宅の6畳間に閉じこもっている。体は元気なのだが、取材に行くことができない。なので、部屋から一歩も出ずに書けるニュースをひとつ。1月下旬に発売になった「隈研吾 ARCHITECTURE MINIATURE COLLECTION」だ。

自宅の畳の上ですみません。でも、畳の目と比べると、大きさが分かりやすいのでは?(写真:宮沢洋)

 フィギュアメーカーのケンエレファント(石山健三代表、東京都千代田区)が開発・製造するもの。商品は全4種。「浅草文化観光センター」「角川武蔵野ミュージアム」「Sunny Hills」「高輪ゲートウェイ駅」だ。

 いわゆる「ガチャガチャ」(ガチャポンとも)で、ごろっと出てくるカプセル商品だ。1つ500円。自称「隈研吾ウオッチャー」の筆者としては、これは欲しい。しかし、このガチャはどこに置いてあるのか? 筆者はずるをして、発売前にAmazonで「全4種セット」を予約した。それが届いた。

 4つで2980円+配送料500円=合計3480円。実際のガチャなら7回回せるが、それでも4種が揃う保証はないので、まあ、仕方のない金額だろう。

「浅草文化観光センター」
隣接するビルで見えない裏側も
「角川武蔵野ミュージアム」
「Sunny Hills」
「高輪ゲートウェイ駅」

 ミニチュアの出来としては「浅草文化観光センター」が一番いい。期待していた「角川武蔵野ミュージアム」は、ちょっと大味でがっかりした。

 私の知人は、実際のガチャを東京駅近くで見かけて、「高輪ゲートウェイ駅」をゲットしたという。

「丸ビルとKITTEの間、地下スペースの特設会場で見つけました」とのこと(写真:森清)

コロナで「第4次ガチャブーム」って知ってました?

 知らなかったのだが、発売元のケンエレファントという会社は、さまざまなオリジナルミニチュアシリーズをつくっていて、建築好きがほしくなりそうなシリーズもある。例えば、下記。

カリモク60 MINIATURE FURNITURE
カリモクファニチャー オールドカリモクコレクション
関西電力送配電(株)公認 鉄塔ミニチュアコレクション

右側にある「カリモクコレクション」が気になる…(写真:森清)

 これも全く知らなかったのだが、今は「第4次ガチャブーム」らしい。確かに、主要駅にガチャコーナーが必ずある。

ちなみに、
・第1次ブーム:1965年に米国から機械を輸入して始まる(筆者の子どもの頃)
・第2次ブーム:キン肉マン消しゴムやスーパーカー消しゴムなどキャラクターや時代を反映させた商品が人気に
・第3次ブーム:「コップのフチ子」(2012年発売)が大ヒットしたキタンクラブなどによって、大人向けのオリジナル商品が脚光を浴びる
・第4次ブーム:ガチャ専門店が台頭

という流れらしい。

 報道によれば、ガチャ専門店が増えた背景には、新型コロナウイルスの影響を受け、ショッピングモールなどで空きテナントが増加したことや、わずかなスペースで展開できる手軽さがあると考えられるという。

 50年を超える歴史の中で、ついに「建築」に踏み出したガチャ。隈研吾シリーズは、第二弾へと続くのか。つくるなら、出世作の「M2」は外せないでしょう。王道の「馬頭広重美術館」もしかり。「浅草文化観光センター」の出来の良さを見ると、タワー系で「渋谷スクランブルスクエア」もいいかもしれない。外観がほとんどイメージできない「アオーレ長岡」は、逆の意味で見てみたい。

 隈シリーズも見たいけれど、他の建築家もつくってほしい。村野藤吾とか菊竹清訓とか……。建築系の展覧会では必ずつくることにしてほしいなあ。展覧会の企画者の方はケンエレファントのサイトを。(宮沢洋)

「大阪中之島美術館」ついに開館、建築雑誌泣かせのブラックキューブと静謐な巨大洞穴

 大阪中之島美術館(大阪市北区)が2月2日(水)に開館する。1983年に構想が発表されてから約40年。待望の開館記念展「超コレクション展」の内覧会が1月28日に開かれた。話題の建築は一番に見なきゃ、ということで、大阪まで見に行ってきた。

(写真:宮沢洋)

 美術館の発注者は大阪市。設計者は大阪市都市整備局企画部公共建築課と遠藤克彦建築研究所。施工者は錢高組・大鉄工業・藤木工務店JV。PFI法に基づく公共施設等運営事業(コンセッション方式)を日本の美術館として初導入。PFIの事業者には朝日ビルディング(大阪市)が選ばれた。

 と、運営面もいろいろ面白そうなのだが、まず知りたいのは建築についてだろう。

意外に主張しないブラックキューブ

 敷地面積約1万2871m2、延べ面積約2万12m2。鉄骨造、地上5階建て、高さ約36.9m。

 建設中から外観の「ブラックキューブ」が大きな話題になっていた。私自身は今回、初めて見た。

 イメージしていたブラックキューブとはちょっと違っていた。もっと“主張するブラックキューブ”だと思っていたのだ(黒御影石かピカピカのガラス質素材だと思っていた)。だが実際は、意外におとなしい。黒い外壁はプレキャストコンクリートで、表面には骨材らしきものが露出している。それが黒塗りなので、アスファルト舗装を並べたみたいだ。光沢がほとんどない。もし知らずに川沿いを歩いていたら、見過ごすかもしれない。

 内部の売りである「パッサージュ」(遊歩空間)は、イメージとかなり違っていた。パッサージュは1~5階を貫く巨大で複雑な形の吹き抜けだ。勝手に想像していたのは、外観と対照的なにぎやかな空間だった。さんさんと自然光が降り注ぎ、暖かい素材で包まれる……そんなイメージの空間だ。だが実際は、外観にも増してストイック。相当な大空間なのに、使われている素材はほぼアルミスパンドレル一択。自然光も入りはするが限定的。“静謐な巨大洞窟”といった印象だ。

無限に写真が撮れてしまうパッサージュ

 この建築は、建築雑誌のカメラマンや編集者にはなかなか悩ましいと思う。まず、外観写真から始めるか、内観から始めるか。前述の通り、ブラックキューブは意外に強い主張がない。かといって風景に溶け込んでいるわけでもない。この不思議な在り方を写真で伝えるのは難しそうだ。

 内部で始めるとしたら間違いなく「パッサージュ」なのだが、この空間は、写真が無限に撮れる。どこからどう切り取っても絵になる。ちょっと寄ったり引いたりするだけで、違う構図になる。それぞれが絵になるのだが、写真をたくさん並べると、似た印象になる……。

 建築雑誌各誌がほとんど同じアングルの写真で始まるという建築が少なくないが、この美術館はどうやって見せるのか、雑誌によってかなり差が出そうだ。雑誌を見比べるのが楽しみ。伝える側にも、新しい挑戦を求める建築である。依頼された仕事でなくてよかった……。

オープニング展の締めは 倉俣史朗!

 オープニング展「超コレクション展」もすごい。本展では、これまでに同館が収蔵した6000点を超えるコレクションから約400点の代表的な作品を選び、一堂に公開する。新設の施設なのに、そんなに収蔵品があるって、さすが準備期間40年の証し……。展示室の空間を見がてら、一部を見てみよう(撮影禁止の部分が多かったので、一部でご容赦を)。

 建築好きには、この壮大なオープニング展の締めのエリアが、倉俣史朗ゾーンであることがうれしい。名作絵画をたっぷり見た後でも、この「ミス・ブランチ」の「永遠を閉じ込めたような美しさ」は全く負けていなかった。

 オープニング展の会期は、3月21日までの2カ月弱。

 内覧会では設計者の遠藤克彦氏を見つけられなかったので、遠藤氏の想いは建築雑誌で読もう、っと。(宮沢洋)

■展覧会情報
開館記念展「超コレクション展」
会期:2022年2月2日~3月21日*月曜日休館(3/21を除く)
開催時間:10:00 ~17:00(入場は16:30まで)
会場:大阪中之島美術館 4、5階展示室
主催:大阪中之島美術館、NHK⼤阪放送局、NHKエンタープライズ近畿、読売新聞社
協賛:NISSHA
観覧料:一般1500円(日時指定事前予約優先制)
https://nakka-art.jp/exhibition-post/hello-super-collection/

越境連載「建築シネドラ探訪」16:ルイス・カーンの女性遍歴に呆れつつも建築愛に感服、映画「マイ・アーキテクト」

 建築家という職業は女性にモテるのか? この映画を見ると、力強く「イエス」と答えたくなる。とはいえ、「モテたいから建築家になりたい」という人には、この映画はお薦めしない。そこで描かれている現実は、「有名な建築家になりたい」というパッションを急速に冷ましてしまうに違いない。

 続きはこちら

越境連載@東芝エレベータ01:「ドクターX~外科医・大門未知子~」─名作映画・ドラマの隠れた「主役たち」

 「ドクターX~外科医・大門未知子~」は2012年から始まって、断続的に現在まで続いている大人気のテレビドラマシリーズ。米倉涼子が演じる外科医の大門未知子は、フリーランスの医師として病院に派遣されている。「わたし、失敗しないので」が口癖の天才外科医で、医局の医師たちと軋轢(あつれき)を生みながらも、手術の腕をもって彼らを出し抜いていくという痛快なストーリーだ。

 そのなかで印象的なのが、回診のシーンだ。(文:磯達雄)

(イラスト:宮沢洋)

 続きはこちら。(東芝エレベータのサイト「よくわかるエレベーターと建物のこと」に飛びます)

越境連載「クイズ名建築のつくり方」04:東京タワーは、エッフェル塔と何が違う?

 

 エッフェル塔に似た形の東京タワー、正しいのはどれ?


(1)エッフェル塔も東京タワーも鉄骨造だが、背の高い東京タワーの方が重量が軽い
(2)エッフェル塔も東京タワーも鉄骨はすべて構造材で、「意匠」の鉄骨部材はない
(3)東京タワーは外周だけが鉄骨造で、中心部(心柱)は鉄筋コンクリート造

 答えはこちら。(しんこうWebに飛びます)

横浜BankARTで「ポストバブルの建築家展」始まる、1行で本質を語らせる五十嵐太郎氏の技

 横浜の「BankART Station」で1月12日から「ポストバブルの建築家展-かたちが語るとき-アジール・フロッタン復活プロジェクト」が始まった。昨年12月に兵庫県立美術館ギャラリー棟で行われた同名展の巡回展だ。初日に早速、のぞきに行ってみた。

会場風景(写真:宮沢洋)
(さらに…)

越境連載「イラスト名建築ぶらり旅」05:上野の隠れ家で味わう2つの“ナポリタン”──国立国会図書館 国際子ども図書館

 今回は「スパゲティ・ナポリタン」の話から始めたい。訪ねたのは東京・上野にある「国立国会図書館 国際子ども図書館」だ。その1階にある「カフェ ベル(Bell)」で、1年ほど前からナポリタンを注文する人が急増しているというのである。


 続きはこちら

松濤美術館、白井晟一展第2部は「ほぼ作品のない展示室」(想像図付きルポ)

 「渋谷区松濤美術館」の開館40周年記念展「白井晟一入門」の第2部が1月4日から始まる。第1部の会場の様子は、すでに昨年10月にリポートしているが(こちらの記事)、筆者はむしろこの第2部の方を楽しみにしていた。なぜ第2部が楽しみだったかというと、展覧会なのに展示物がほとんどないと聞いていたからだ。そのおかげで、今しか見られないこんな空間が見られる。

池側の開口部が見える地下1階展示室 。2021年12月28日の内覧会で撮影(写真:宮沢洋)

 同じ地下1階展示室は、第1部ではこんな様子だった。

ほぼ同じ角度から見た第1部の展示の様子。全く池の存在は分からない

 「展示物がない企画展」というと、2020年夏に世田谷美術館で開催された「作品のない展示室」が記憶に新しい。これは、コロナ禍で開催できなくなった企画展の穴埋めとして、急きょ、設計者である故・内井昭蔵が意図した“素の空間”を無料で見せることにしたものだった(詳細はこちらの記事→世田谷美術館「作品のない」企画展、ベテラン学芸員から若手へのバトン)。世田谷美術館では、普段ほとんど閉ざされている開口部が展示室に現れ、公園と一体化する美術館というコンセプトが実感できた。

 今回の松濤美術館の展示は、「設計者が意図した空間を見せる」というコンセプトを、コロナ禍の穴埋めではなく、戦略的に企画展後半戦のメイン企画として位置付けたもの。入館料は一般1000円で、第1部と変わらない。なかなかに攻めた企画。しかし、これは建築好きにとっては十分、1000円の価値がある体験だ。 

幻のブリッジ動線を体験(&妄想)

 会場の渋谷区松濤美術館(1980年竣工、81年開館)は白井晟一(1905~83年)の晩年の代表作。1階の入り口を入ると、2階と地下1階にいずれも馬蹄形の展示室がある。

 冒頭で触れたように、変化が分かりやすいのは地下の展示室だ。普段は仮設の壁などでふさがれた池が展示室から見える。

開口部から見える池とブリッジ

 本展に限り、この展示室を見下ろすバルコニーに、池の上に架かるブリッジ(1階)を渡って入ることができる。いつもは作品保護のため、ブリッジからバルコニーには入れない。

池の上に架かるブリッジ
ブリッジを渡ると、地下1階展示室のバルコニー

 その体験がなぜ重要かというと、白井は当初、このブリッジを渡って、地下の展示室に降りる動線を考えていたからだ。本展の数少ない展示物の1つがこれ↓。設計初期の1階平面図だ。

 この図面を見ると、現在の屋内バルコニーはない。ブリッジを渡って展示室内に入った後、ふた又に分かれたらせん階段で地下1階に降りる動線だ。

 想像も交えて、写真に階段を描き加えてみた。

図面を見ながら階段を描き加えてみた(イラスト加筆:宮沢洋)

 確かにドラマチックではあるけれど、湿気を含んだ外気が展示室に入るなんて、そりゃ反対されるわ……と、突っ込みを入れたくなる。

2階展示室は貴族の客間のイメージ?

 もう1つの展示室、2階の方は、地下とは逆に「いつもはないものがある」展示だ。白井が意図したイメージで、ソファがW字にゆったりと置かれているのだ。

ソファには座れる。ふかふか過ぎて座り心地は何とも……

 貴族の大豪邸か!? 客間で絵を見るようにゆったり作品を見せたいのは分かるけれど、こんなにソファを置いたら、作品がちょっとしか置けないよ……と、これも矢継ぎ早に突っ込みを入れたくなる。

 奥の小部屋も、アーチ型の入り口に、いつもは見えない引き戸が見えていて、なるほど本当はいちいち扉を開けて入らせたかったのだな、ということが想像できる。

 そんなふうに、白井が当初イメージした空間が体験でき、併せてこの建築を生かす展示や運営がどれほど大変かということも想像が沸く。

 本展を見て「これは美術館建築として失敗だ」なんて思う人は、建築好きにはたぶんいないだろう。常識にとらわれない白井の発想は刺激になるし、今後こんなふうに使ったらどうか、と考える訓練にもなる。白井ファンならずとも必見だ。第2部は1月30日(日)まで。新型コロナウィルス感染症拡大防止のため、土・日曜日、祝日および最終週(1月25日~30日)は「日時指定制」とのこと。(宮沢洋)

■白井晟一入門 第2部/Back to 1981 建物公開
会期:2022年1月4日(火)~1月30日(日)(第1部「白井晟一クロニクル」は2021年10月23日~12月12日)

■渋谷区立松濤美術館
所在地:東京都渋谷区松濤2-14-14)
アクセス:JR・東急電鉄・東京メトロ 渋谷駅から徒歩15分、京王井の頭線 神泉駅から徒歩5分
公式サイト:https://shoto-museum.jp/exhibitions/194sirai/

読まれた記事ベスト3は「中銀カプセル」「紀尾井清堂」「北海道ボールパーク」─年間PVランキング+α

 明けましておめでとうございます。2022年も建築ネットマガジン「BUNGA NET」をよろしくお願いいたします。新年1本目は、前年の年間PV(ページビュー)ベスト10。出し惜しみせず、1位から行きます。

◆1位
中銀カプセルタワービル解体へ、メディアが取り上げない「3つのこと」(2021年8月23日)

(写真:宮沢洋)

 夏に上げた記事なのに、検索サイトからの流入がいまだに続く。「BUNGA NET」のPV記録を大幅更新した記事。読んでいるのは、たぶん一般の建築好きの人。

◆2位
速報:内藤廣氏設計「紀尾井清堂」を見た! 都心の一等地に「機能のない」光の箱(2021年7月28日)

 PV記録を先に更新したのはこっちの記事だった。内覧会のその日にアップしたので、建築関係者に一気に広まったと思われる。

◆3位
タワークレーンが20基以上、着工から1年の「北海道ボールパークFビレッジ」の現場を見た!(2021年4月26日)

 当初は日ハムファンに読まれていたと思うが、ビッグ・ボス新庄監督の就任が決まってからは、さらに広く読まれるようになった。

◆4位
神戸にデジタル演出の新感覚水族館、外観はアナログ感あふれる“地層”洗い出し(2021年8月20日)

 見出しでは分からないが、これは10月29日に神戸に開館した都市型アクアリウム「átoa(アトア)」の現場リポート。アトアがオープンしたことで、検索に引っ掛かりやすくなった模様。

◆5位
速報!「村上春樹×隈研吾」早大ライブラリー、アコヤ材で再生した旧4号館はこんな普通の建物だった(2021年9月22日)

 ものすごい数のメディアが会見に来ていたが、もとになった早大・旧4号館は私が所属していた政治経済学部の建物なので、他メディアよりも情報がディープ。

◆6位
代々木競技場が重要文化財内定、「世界初の二重の吊り構造」を世界一わかりやすく解説します!(2021年5月21日)

 重文決定直後の国立代々木競技場の魅力解説。過去に描いたイラストを組み合わせてBUNGA(文・画)らしく構成。

◆7位
池袋建築巡礼08:今夏で閉館の「池袋マルイ」、毎日見ても飽きない「白メシ建築」の謎を追う(2021年5月17日)

 自分の納得感でいえば、この記事が2021年のベスト記事。こういう記事が読まれるのはうれしい。

◆8位
7人の名言05:黒川紀章「安藤忠雄は時代を見抜いたのではなく、彼の個性がたまたま…」(2020年5月20日)

 この記事はBUNGA NETを立ち上げて間もない2020年5月に書いた記事。なぜ今ごろ読まれているかというと、1位の「中銀カプセルタワー」の記事にリンクを張っていたから。これも好きな記事なので、改めて読まれてうれしい。

◆9位
前田節全開の「モダン建築の京都」展が開幕、お宝を値踏みする骨董市のごとき建築展(2021年9月24日)

 見出しに補足すると、前田節というのは、展覧会の企画者で京都市京セラ美術館キュレーター前田尚武氏のこだわりのこと。展覧会の記事を書くときには、「いかにニュースリリースと違うことを書くか」を心がけている。この記事はまさにそれ。

◆10位
世界初・CLT折板構造の音楽ホールを速報! 隈研吾氏らによる桐朋学園仙川キャンパス第2弾が完成(2021年3月22日)

 “隈研吾ウオッチャー”として、隈氏の建築はできるだけ見に行くようにしている。5位の村上春樹ライブラーは話題性だと思うが、一見地味なこの記事が読まれたのは、この建築を好きな人が多いということ?

◆おまけ
 BUNGA NETには「越境連載」と呼んでいるものがいくつかあって、このサイトに載せた記事を他サイトに転載してもらったり、他サイトに私(宮沢)が寄稿したものをこちらに同時掲載させてもらったりしている(もちろん許可を得たうえで)。その1つに、大バズリした記事があった。「JBpress」に載った下記の記事だ。

“恐怖のエスカレーター”作った理由と撤去した理由(JBpress/2021年11月7日)

 なんとこの記事、100万PVを超えたという。10万ではなく100万である。そんなPV数は前職時代も見たことがない。さすが一般ビジネスサイト。これは私の人生で最も読まれた記事になる可能性が高い。うれしいやら恐ろしいやら。

 JBpressの記事は最後まで読めないかもしれないので、続きが読みたい人は下記をご覧いただきたい。
 
池袋建築巡礼10:「東京芸術劇場」(後編)、2度の改修で知る大御所・芦原義信の挑戦心

 実は、元のBUNGA NETの記事はそれほど読まれなかった。JBpressの見出しと見比べると、JBpressの方が確かに面白そうだ。WEBにとっていかに見出しが重要か、という教材になりそうな話だ。

 とはいえ我がBUNGA NETも、1年目より月平均PVが2倍以上に伸びている。今年もいろいろ試行錯誤をしながら、ここでしか読めない記事をお届けします。引き続きご愛顧ください。(宮沢洋)

最強の道後建築案内08:いよいよ総まとめ、長谷川逸子から伊東豊雄まで「松山28選」_BUNGA NET

 いよいよ最終回である。「今年見たものは今年のうちに」ということで、まだ取り上げていない建築を大晦日に駆け込みで紹介する。

 まずは、長谷川逸子氏が設計した3件。

(写真:宮沢洋)

 「ミウラート・ヴィレッジ(三浦美術館)」は、三浦工業を中心とする三浦グループの敷地の一角にある民間美術館。車でないと行きづらい場所だが、長谷川氏のランドスケープづくりのうまさがよく分かる施設で、行く価値あり。三浦工業の創業者、故三浦保氏自作の陶板画や国内外の芸術家の作品を屋外展示しており、館内では企画展を開催している。

◆ミウラート・ヴィレッジ(三浦美術館)
松山市堀江町1165−1
設計:長谷川逸子
竣工:1998年
参考サイト:https://www.miuraz.co.jp/miurart/

 市の中心部にあって外観がひときわ目立つのが「菅井内科」。「坂の上の雲ミュージアム」のすぐそばだ。通りから外観を見るだけで楽しい。敷地に入って見るともっと楽しい(らしい)。子どもの病院嫌いが和らぎそうだ。 

◆菅井内科
松山市一番町3−3−3
設計:長谷川逸子
竣工:1986年

 長谷川逸子氏が松山市で設計を手掛けるようになったきっかけは、1979年に竣工した「徳丸小児科」だという。それは現存しないが(見たい方はこちら)、新しい建物も長谷川氏の設計だ。おお、これはこれですごい。

◆徳丸小児科
松山市古川北3丁目4−15
設計:長谷川逸子
竣工:2005年
参考サイト:https://www.kadoyagumi.com/works/works-900

 ダブルスキンの間にびっしりとツル植物が繁茂している。医院の方に確認したが、植物は本物であるという。確かに、よく見ると、点滴潅水の装置が機能していた。

丹下健三自身による名作「愛媛県民館」の建て替え

 現存しない名建築ということでいえば、丹下健三の「愛媛県民館」(1953年)。

「愛媛県民館」の断面模型。2021年夏に文化庁国立近現代建築資料館で行われた「丹下健三 1938-1970」で撮影

 同じ丹下健三の設計で建て替えられた「愛媛県県民会館」は、こうなった。

◆愛媛県県民会館
松山市道後町2-5-1
設計:丹下健三
竣工:1985年

「ホテル奥道後」は休館日で涙

 マッチョな60年代モダニズムが好きな人は、ちょっと山奥にはなるが「ホテル奥道後(現・奥道後壱湯の守)」も見逃せない。設計は西脇市民会館(1962年)や大阪万博協会本部ビル(1967年)などを設計した根津耕一郎氏。「東の黒川紀章、西の根津耕一郎」と称された建築家だ。

◆ホテル奥道後(現・奥道後壱湯の守)
松山市末町267
設計:根津耕一郎
竣工:1967年
参考サイト:https://www.okudogo.co.jp/

 私が行った日はまさかの点検休館日で、ラウンジだけちら見させてもらった。レトロ・フューチャー!

伊丹十三と松山銘菓「一六タルト」の関係性

 建築好きでない人と行っても一緒に楽しめるのが「伊丹十三記念館」だ。設計は中村好文氏。建築も味わいがあるけれど、とにかく展示内容が面白くて見入ってしまう。

◆伊丹十三記念館
松山市東石井1−6−10
設計:中村好文
竣工:2007年
参考サイト:https://itami-kinenkan.jp/information/index.html

 伊丹十三記念館を見に行ったら、北に少し歩いて、この建物(下の写真の左)もちら見しておきたい。

◆松山ITM本社ビル
松山市東石井1丁目7−13
設計:伊東豊雄
竣工:1993年
参考サイト:http://www.toyo-ito.co.jp/WWW/Project_Descript/1990-/1990-p_08/1990-p_08_j.html

 同館の設立に協力したITMグループの本社ビルだ。ITM(ICHIROKU TOTAL MIXTURE)グループは、株式会社一六本舗(菓子製造販売)、株式会社一六(レストラン)などを経営する会社。そうか、松山銘菓の「一六(いちろく)タルト」の会社だから外壁が曲面なのか、と勝手に納得。

 ふうっ、やっと書き終わった。いかがでしたか?

 今回紹介した建築を黄色ピンで加えて、道後・松山マップが完成!(松山辺りを拡大して見てください)

 この連載で紹介した建築は、地図を数えたら28件あった。もちろん4泊5日では行き切れなかった心残りもあるのだが、皆さんが旅の計画を立てる参考にはなるのではないか。

 各回のタイトルにリンクを張っておくので、ご参考まで。(宮沢洋)

【最強の道後建築案内/掲載リスト】
01:私が今、道後温泉にいる理由と、初めての松山城
02:温泉街の顔、復元駅舎から黒川紀章の現代和風まで徒歩散策
03:道後温泉本館の“魅せる保存修理”を可能にした「3つの奇跡」
04:秘めた迷宮空間にサラブレッド・木子七郎の反骨精神を見た
05:伝説の地方建築家、松村正恒の少し意外なクール系建築
06:長谷部鋭吉から「myu terrace」まで“日建大阪”を松山で知る
07:安藤忠雄氏の知る人ぞ知る傑作「瀬戸内リトリート青凪」を見た!
08:いよいよ総まとめ、長谷川逸子から伊東豊雄まで「松山27選」

最強の道後建築案内07:安藤忠雄氏の知る人ぞ知る傑作「瀬戸内リトリート青凪」を見た!_BUNGA NET

 今回は松山市内の安藤忠雄氏の建築を2つ巡る。メインはこの建築だ。

この建築、知ってますか?(写真:宮沢洋)

 その前に、一般によく知られているのはこちらの「坂の上の雲ミュージアム」の方なので、こちらから。松山城本丸の南側、萬翠荘に向かう坂道の途中にある。

◆坂の上の雲ミュージアム
松山市一番町三丁目20番地
設計:安藤忠雄建築研究所
竣工:2006年
参考サイト:https://www.sakanouenokumomuseum.jp/about/construction/

 大通りの裏側の変形敷地でも、この場所ならではの造形を生み出すのはさすが安藤氏。

 地下1階、地上4階建て。1階はピロティ状で、スロープで2階にアプローチする。内部は三角形平面の各階をスロープで上る構成。分かりやすい「坂の上」の表現だ。天候によっては、西側の開口部から萬翠荘(設計:木子七郎)がよく見える。

展示されている模型。左上が萬翠荘、右下の三角形が坂の上の雲ミュージアム

 三角形の中心にはマッシブなコンクリートの階段が架かる。

大王製紙がゲストハウスとして建てた安藤建築


 そして、松山のもう1つの安藤建築は、あまり知られていないが、これが本当にすごかった。1998年に完成したホテル「瀬戸内リトリート青凪(あおなぎ)」である。正確に言うと、1998年に完成したときには「エリエールスクエア松山」という名の、大王製紙のゲストハウス兼ミュージアムだった。

 大王製紙が2015年にホテルとしてリニューアルし、(株)温故知新(東京)が運営するホテル「瀬戸内リトリート青凪」となった。

◆瀬戸内リトリート青凪(旧・エリエールスクエア松山)
松山市柳谷町794-1
設計:安藤忠雄建築研究所
竣工:1998年
参考サイト:https://www.setouchi-aonagi.com/

 敷地は「エリエール ゴルフクラブ松山」のすぐそば。松山市の中心部から車で30分ほどかかるので、出張のついでに見られる機会はなかった。ホテルになってからは、一般の見学は受け付けていない。今回は道後クリエイティブステイの特権で、事前にアポを入れて見学させてもらった。

 前面道路からは、石垣のような擁壁と建物の一部しか見えない。

 だが、施設内に足を踏み入れると、驚きとため息の連続。

 客室は全7室。いくつかを見せてもらった。絵画のように構成的なインテリアに加え、開口部から見える風景に目が点。

本館最上階のメゾネットタイプの客室(下の写真も)
本館4階客室のバルコニー

 単に「美しい風景」を見せるのではなく、建築を挿入することで「そこにしかない風景」を再構築している。軸線のずれや高さの違いによって、複雑な「見る・見られる」関係をつくり出しているのだ。
 

 この建築は、私が前職時代に編集に参加した「安藤忠雄の奇跡 50の建築×50の証言 (NA建築家シリーズ特別編)」(2017年、日経BP刊)の「50の建築」に選ばれていない。うーむ、痛恨のエラー。もし私が実物を見ていたら、絶対に選んだと思う(ちなみに「坂の上の雲ミュージアム」は選ばれている)。

 繰り返しになるが、基本的に見学は受け付けていないので、本当にすごいのかを確かめたい人は宿泊してみてほしい。安くはないけれど、あなたが安藤ファンであれば、自信を持ってお薦めする。

 宿泊の詳細や予約はこちらから→ https://www.setouchi-aonagi.com/

 今回の2件を紫のピンでマップに加えた。松山の辺りを拡大してみてほしい

 次回はいよいよ最終回。道後・松山建築マップを完成させる。(宮沢洋)

次回の記事:道後・松山巡り総まとめ(2021年12月31日公開予定)

最強の道後建築案内06:長谷部鋭吉から「myu terrace」まで“日建大阪”を松山で知る_BUNGA NET

 今回は松山市内にある日建設計の建築を巡る。私が『誰も知らない日建設計』という書籍を出したので、それの宣伝?と思われるかもしれない。それもあるがそれだけではない。皆さんにこの建築を知ってほしいからだ。

 松山市の中心部、第4回で紹介した「愛媛県庁舎」(設計:木子七郎)から南に徒歩数分のところにある「伊予銀行本店」である。

(写真:宮沢洋)
(さらに…)

最強の道後建築案内05:伝説の地方建築家、松村正恒の少し意外なクール系建築_BUNGA NET

 この松山シリーズの中で、おそらく今回が一番ディープな内容となる。ほとんどの人はどの建築も知らないだろう。建築編集者歴30年の私も、1つも知らなかった。でもすごくいい。建築家・松村正恒(まさつね、1913~1993年)の民間建築である。取り上げるのは例えばこれだ。

地元・松山の人以外にはほとんど知られていないこの建築。設計:松村正恒(写真:宮沢洋)
(さらに…)

最強の道後建築案内03:道後温泉本館の“魅せる保存修理”を可能にした「3つの奇跡」_BUNGA NET

 さて今回は、道後滞在の主目的である「道後温泉本館」である。

営業しながら保存修理工事が進む道後温泉本館。2021年8月撮影(写真:宮沢洋、特記以外は同じ)

 ここには出張ついでに何度か来たことがあって、2014年には「建築巡礼」でも取り上げている(書籍『プレモダン建築巡礼』に収録。WEB版の記事はこちら)。実は今年(2021年)の夏にも出張で来た。そのとき、上の写真のようなダイナミックな光景(この状態でも営業している!)に心を打たれたことが、今回の道後クリエイティブステイに応募したきっかけだった。

(さらに…)

最強の道後建築案内01:私が今、道後温泉にいる理由と、初めての松山城_BUNGA NET

【最強の道後建築案内/掲載リスト】
01:私が今、道後温泉にいる理由と、初めての松山城
02:温泉街の顔、復元駅舎から黒川紀章の現代和風まで徒歩散策
03:道後温泉本館の“魅せる保存修理”を可能にした「3つの奇跡」
04:秘めた迷宮空間にサラブレッド・木子七郎の反骨精神を見た
05:伝説の地方建築家、松村正恒の少し意外なクール系建築
06:長谷部鋭吉から「myu terrace」まで“日建大阪”を松山で知る
07:安藤忠雄氏の知る人ぞ知る傑作「瀬戸内リトリート青凪」を見た!
08:いよいよ総まとめ、長谷川逸子から伊東豊雄まで「松山27選」

 12月19日から愛媛県松山市の道後温泉に“ワーケーション”に来ている。この言葉、自分に使うのは初めてだ。念のため説明しておくと、ワーケーションとは「ワーク(仕事)+バケーション(休暇)」で、「喧噪や無機質な都市を離れ、豊かな自然環境や落ち着いた雰囲気の中で働くことで創造性や生産性が高まる」という、新時代の働き方を指す。1日に三度温泉に浸かって、合間に原稿やイラストを描く──。そんな明治の文豪のような生活をしてみたかったのである。

松山城天守から見下ろした松山市内(写真:宮沢洋、以下も)

 なぜ宮沢(私)にそんなお金が、と不思議に思われると思う。ご明察である。「自費」ではない。「みんなの道後温泉 活性化プロジェクト クリエイティブステイ公募クリエイター」(未来へつなぐ道後まちづくり実行委員会主催)というものに当選したのである。

競争率15倍を勝ち残るも、ゆったりとはいかず…

 9月下旬に、たまたま聴いていたFMラジオで募集情報を知り、「道後温泉本館の耐震改修工事を取材したい」と申し込んだら、当選した。くじ引きではなく、審査である。応募人数753人に対し、選ばれたのは50人(興味がある人はこちら)。倍率15倍だ。後で知ったのだが、審査員の1人が建築史家の五十嵐太郎さんだった(募集要項には書かれていなかった)。なんてラッキー。

 人によって滞在時期は違うのだが、私の場合は道後温泉に12月19日から22日まで4泊5日滞在する。往復の旅費と宿泊費が実行委員会負担。「道後温泉地区に1週間程度滞在し、地域の歴史、文化、人、風景などに触れながら、創作や交流活動を行います。プログラムを通して、道後温泉で文化芸術活動を行う人材を発掘し、多様な視点や感性を通して道後温泉をPRします」というのが募集要項に示された条件で、「何をいつまでにしなければならない」という義務はない。私の場合は、道後温泉本館を取材したいと応募したので、それをいつか発信すれば役目は果たされる。取材日以外は、ゆっくりお湯に浸かって、1年の疲れを癒そう──。そう考えていたのだが、そんはふうにはいかなかった。

 1つ目の見込み違いは、抱えている仕事が全く終わらなったこと。応募した時点では全く想像していなかった量の仕事を抱えたまま道後入りすることになった(涙)。本当に仕事の生産性が上がるのかを試される真のワーケーションである。

 2つ目の見込み違いは、松山市内の建築を調べ始めたら面白くて、しらみつぶしに見たくなってしまったこと。そして、根っからのメディア体質なので、見たものは書かないと気が済まない。誰に約束したわけでもないのに、「道後建築案内」の連載をリアルタイムで始めることにした。しかも、やるからには「どの観光ガイドにも負けないものを目指そう」と、「最強の」という惹句(じゃっく)を付けてしまう悲しい性(さが)……。というわけで、これから1週間ほど、道後・松山ルポにお付き合いいただきたい。

松山城、登って分かったすごい美意識


 ここからようやく本題の建築案内である。

城山公園から見る松山城

 初日にまず訪れたのは、松山の都市づくりの原点ともいえる松山城。よくあるコンクリート復元の城ではなく、本物の木造の城だ。松山には何度か訪れたことがあったが、実は松山城は始めて。城山公園などから本丸がよく見えるものの、歩いて登るのはしんどそうな高さにあり(本丸の標高は132m)、出張のついでではなかなか登る時間がなかった。今回はここからスタートしようと決意して調べてみると、なんのことはない、東側にロープウェイがあった。約3分で山頂駅「長者ヶ平(ちょうじゃがなる)」に着く。そこからさらに10分ほど歩くと本丸だ。

本丸手前の広場から見る

 松山城は松山市の中心部、勝山に築かれた山城。関ヶ原の戦いで活躍した加藤嘉明が初代藩主となり、慶長7年(1602)から四半世紀をかけて築城した。現在の形は、1635年に城主となった松平定行が増改築して完成させた。層塔型天守が小天守および隅櫓と結ばれた連立式の構造で、防備に優れた建造物群は日本の代表的な城郭建築とされる。しかし当初の天守は1784年の落雷で焼失。その後、江戸末期の1854年に再建された。それでも、全国で12カ所しか残っていない江戸時代以前から現存する12天守の1つだ。天守内も公開されており、最上階からは360度のパノラマが望める。

ここから見える景色は冒頭の写真

 そんなことはどのガイドブックにも書いてあるって? はい、ここからです。建築編集者としての独自視点で言うと、登ってみて感動したのはこのアングルだ。

 地上から見ていたときには全く想像していなかった“見開き映え”構図。これは、本丸の最終ゾーン「本檀」に入る際の光景だ。防備に優れた戦闘型の城と評される松山城だが、ここは明らかに見た目の美しさを意識している。

 左の小天守(登録文化財)と右の一の門南櫓(重要文化財)を筋鉄門東塀 (重要文化財) で結び、それらでトリミングして中央の天守を強調する。左右の建物(小天守と櫓)は全く大きさが違い、位置も違うのに、巧妙に線対称っぽく見えるようバランスさせている。すばらしいプロポーション感覚。これを見ただけで上った甲斐があった。

上の写真は赤矢印の位置から見ている

松山城は国宝?それとも?

 もう1つ気になったのは、建物ではなく、この説明書き。

説明文の後段に注目してほしい

 「昭和10年(1935年)国宝に指定されたが、同25年(1950年)、法の改正により重要文化財となった」。

 この恨みがましい文面が、何度も説明書きに現れるのである。あれ、松山城って国宝じゃなかったの?。

 調べてみると、こういうことらしい。

・12の現存天守のうち、姫路城・彦根城・松本城・犬山城は国宝に指定されており、「国宝四城」と呼ばれていた。2015年に松江城が国宝に加わる。
・松山城は、かつて存在していた国宝保存法に基づいて1935年に国宝に指定されていた。
・1950年に国宝保存法は廃止され、文化財保護法が制定された際、国宝とされていたものは重要文化財に変更され、その中で価値の高いものを選別し、改めて国宝に認定していった。
・松山城は、新たに国宝を認定する段階で指定されず、タイミングを逸したまま、現在に至る。。

 ネットを調べていたら、2015年に「松山城が国宝に再指定されることが決まった」という報道もあったが、松山城の公式サイトにも文化庁のサイトにもそのような記述は見つからなかった。勇み足か…。

素晴らしいので、このアングルをもう一度

 私は意外と城好きなので、国宝四城には行ったことがある。姫路城と松本城は別格として、彦根城と犬山城にこの松山城が劣るとは思えない。文化庁が認めようが認めまいが、みんなの心の中の「国宝級」でいいのではないか。実物を見てそう思った。(宮沢洋)

改めて地上から見ると、下から見えていた白い建物は天守ではなく、小天守だったんだなあ。それも今回の気付きでした

次回の記事:温泉街の顔、復元駅舎から黒川紀章の現代和風ホテルまで徒歩散策https://bunganet.tokyo/dogo02/