連載小説『ARTIFITECTS:模造建築家回顧録』第8話「フランカ・ロイド・ライトの惑星」──作:津久井五月

第8話「フランカ・ロイド・ライトの惑星」

    計画名:アーティフィテクトの火星移住に関するスタディ
    竣工日:2078年12月20日
    記録日:2078年11月14日~12月20日
    記録者:フランク・α・ロイド・ライト

「フランカ・ロイド・ライト、あんたに作ってほしいのは、火星だ」
 その依頼者がヒトでないことは、すぐに分かった。
 わたしは特別に鼻の利く犬なのかもしれない。どんなアバターを使っていようと、“匂い”で分かってしまう。相手が、わたしに存在の意味を与えてくれるヒトなのか、その使いでやってきた人工知能にすぎないのか。ほとんど一瞬で分かる。
 仮想空間「VOWフォアヘッドα」。
 今は無人となった大平原。
 いつも通り、よく晴れた涼しい真昼。無人の丘陵地帯がどこまでも続いている。
 ぽつりと建つ、わたしの自宅兼事務所。その窓辺に現れたのは1匹のカブトムシだった。
 ごく一般的な――つまり正体を推測するヒントにならない――アバターだった。相手も自分の素性を語らなかった。
 そういう依頼は珍しくない。人間の建築家や並みのアーティフィテクト(模造建築家)ならば警戒するのかもしれないが、わたしにはほとんど無限の仕事のリソースがある。報酬が妥当である以上、断る理由はなかった。
「火星だ。太陽系第4惑星。先月から開拓が始まった、あの星だ」
 そんな依頼も、決して珍しくはない。
 わたしは髪を頭の後ろでまとめ、ドレスをクライアント対応用の群青色に染めると、窓辺に歩み寄った。
「空間IDは取得済みですか?」とわたしは訊いた。
「地番は必要ない」とカブトムシは答えた。「ほかの仮想空間と連結するつもりはないんだ。独立した空間に、原寸大の火星を作ってもらいたい」
「なるほど。シミュレーション用の閉じた空間が必要だと?」
「さすが、話が早いな。シミュレーション。そういうことだ」
 わたしは納得した。
 今の立場になってから、数え切れないほど手掛けてきたタイプの依頼だった。
 都市計画や環境保全、災害対策などのシミュレーションを行うために、指定された地域をそっくりそのまま仮想空間上に再現する。風景だけでなく、地質から生態系、物質の循環まで、精緻な環境モデルを作り込むのだ。
 ――ということは、相手は火星開拓事業の関係者か。
 カブトムシが言うように、人類はつい最近、本格的な火星開拓の第一歩を踏み出していた。ただし、火星の砂利を踏んだのはヒトではなく、AIを搭載した汎用作業ロボットだ。
 物理的な移動だけで1年を要する遠方に浮かぶ、砂埃にまみれた不毛の惑星。火星を新たな住処にしたいと考える人間は少ない。主な目的は、さらなる宇宙探査のための基地建設。無人機を木星へ、その先へ、送るための足がかりだと言われている。
「ちなみに、用途は?」
 わたしが尋ねると、カブトムシは枝分かれした角を傾けた。
「用途……」
「お作りするシミュレーション空間の用途です」
「今、答えなければ作れないか?」
「いえ、ただ興味があるだけです。穿鑿はしません」
「それなら、今は秘密にしておこう」
「今は?」
「火星をきちんと作ってくれたら、話そうじゃないか」
「いいでしょう。では、完成までおそらく1週間ほど頂きます」
 わたしが話を切り上げると、カブトムシは驚いた様子を見せた。
「そ、それだけで済むのか」
 わたしは、ドレスを設計用のオリーブ色に変えた。
「ええ。どれだけ巨大だとしても、所詮は珪酸塩鉱物の塊です」

    *

 宇宙は寂しく、激しい場所だ。
 大気がなければ、そもそも気温というものはない。背景放射を考慮すれば、宇宙空間の温度は3ケルビン――摂氏マイナス270度。ただし、直射日光が当たれば物体の温度は簡単に100度を超える。
 火星は宇宙よりは少しはましだ。気圧は地球の160分の1程度とはいえ、薄い大気があるので気温が定義できる。その幅は摂氏30度からマイナス140度。平均気温はマイナス60度前後。宇宙よりも少しだけ柔らかで、それゆえに寂しさが一層強くなる場所であるような気がする。そこに立ってみたいと思った。
 仮想の宇宙で、仮想の火星を、わたしは作り上げていった。
 今世紀半ばまでに行われた数々の無人探査によって、火星の地質や内部構造はかなりの部分が解明された。太陽系の誕生から46億年の間に辿った惑星形成のシナリオはまだ揺れているが、現在の姿をトレースするだけならそう難しい仕事ではない。
 マグマが冷えて固まった、玄武岩や安山岩。その破片。砂礫。
 火星には土はない。土とは、鉱物のかけらに生物由来の有機物が混じったものだからだ。
 火星を「死の星」と呼ぶ人間は多いが、地球の方がずっと死に満ちている。生があるからこそ死がある。火星では、かつて死が存在したのかどうかすら、はっきりとは分からない。
 わたしは、6日間を費やして火星を作った。

(画:冨永祥子)
(さらに…)

長野県の須坂新校はコンテンポラリーズ+第一設計JVに、NSDプロジェクト4度目の挑戦でプロポーザルを突破できた勝因は?

 建築設計者が基本計画から参加する「長野県スクールデザインプロジェクト(以下、NSDプロジェクト)」。その2年目の第2弾となる須坂新校(須坂市)の整備事業で、長野県教育委員会(県教委)は基本計画の策定支援者を選ぶ公募型プロポーザルを実施。2023年11月5日に2次審査を開き、即日に結果が出た。NSDプロジェクトは、これからの学びにふさわしい県立学校をつくろうという試み。23年度は佐久新校(佐久市)、須坂新校、赤穂総合学科新校(駒ケ根市)が、公募型プロポーザルの対象となった。

 なかでも注目されるのが須坂新校だ。農業・商業・工業の3科を持つ総合技術高校である須坂創成高校と、隣の普通科高校である須坂東高校を統合。普通科はみらいデザイン科として他の3科や地元と協働して地域づくりに取り組んでいく。「いわゆる専門学科と普通科の統合という新しいスタイルであり、2次審査候補者にはそれぞれ知恵を絞っていただき、甲乙つけがたい提案をしてもらった」。県教委事務局高校教育課高校再編推進室の宮澤直哉参事兼室長は、審査結果発表直後にそう語った。

須坂新校プロポの最適候補者による「沈床」のパース。この場所を中心にキャンパスを構成し、周囲の山々の風景を校舎に取り込む(資料:コンテンポラリーズ+第一設計共同企業体)
同最適候補者による2階棟間のFLA(フレキシブルラーニングエリア)のパース(資料:コンテンポラリーズ+第一設計共同企業体)
同最適候補者による2次審査提案書の最初の1枚 (資料:コンテンポラリーズ+第一設計共同企業体)

授業のカリキュラムを分析してプランに生かす

 最適候補者に選ばれたのは、コンテンポラリーズ+第一設計共同企業体(JV)だ。柳澤潤氏が率いるコンテンポラリーズ(横浜市)と第一設計(長野市)は、昨年からJVでNSDプロジェクトのプロポに応募しており、4回目の挑戦で最適候補者の座を勝ち取った。次点となる候補者は、イシバシナガラアーキテクツ(大阪市)とPERSIMMON HILLS architects(川崎市)によるイシバシナガラ・PHa 設計共同体だった。次々点となる準候補者は該当なしとされた。

(さらに…)

国立近現代建築資料館「10周年展・第2部」が開幕、雑誌的な”対決展示”にやられたっ!

 東京・湯島の文化庁国立近現代建築資料館で「日本の近現代建築家たち」の「第2部:飛躍と挑戦」が11月1日から始まった。同館の「10周年記念アーカイブズ特別展」の後半戦だ。会期は2024年2月4日まで。

(写真:宮沢洋)

 7月25日~10月15日に開催された「第1部:覚醒と出発」はすでに当サイトで報じている。

(さらに…)

連載「よくみる、小さな風景」08:設備がいきいきする在り方とは?──乾久美子+Inui Architects

建築家の乾久美子氏と事務所スタッフが輪番で執筆する本連載。第8回のテーマは「設備」。今回はスタッフの武蔵眞己氏が観察する。「設備自身が気持ちよさそう」という視点がありそうでない! 確かに、最初の写真はそんな感じで納得。(ここまでBUNGA NET編集部)

 建物にとっての設備はヒトにとっての臓物や神経系であると説明されるように、現代の都市を生きるわたしたちにとって、生活する上で切り離し難いものになっている。一方で、建物の設計をするにあたっては、この当たり前な存在であるはずの設備の扱い方には、いつも頭を抱えることが多い。おそらく多くの設計事務所で共通の悩みのタネではないだろうか。

 臓物や神経系としての設備はヒトにとっての内臓と同じく、建物においても隠ぺいされることが多い。わたしたちが目にすることの多い設備といえば、ヒトにとっての鼻や口といった呼吸器官に該当する部分など、機能的に外部に面するべきモノたちだろう。ところがわたしたち設計者はこれらの露出すべきモノたちさえ、できるだけ見せないように目立たないところに隠してしまう。また例えば通りから見えづらい立面に集約するなどして、それをいわゆる「死に面」と呼んでいたりする。

(イラスト:乾久美子)
(さらに…)

越境連載「愛の名住宅図鑑」03:「駒井家住宅」(1927年)にはインテリ層の琴線に触れるヴォーリズの“隠し味”があった

 この連載のタイトルにある「愛の~」という形容詞が最も似合う建築家の1人が、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880~1964年)ではないか。

 「駒井家住宅(駒井卓・静江記念館)」は、ヴォーリズ率いるヴォーリズ建築事務所の設計で1927年(昭和2年)、京都市左京区北白川に完成した。2002年に、土地と建物が公益財団法人日本ナショナルトラストに寄贈され、曜日を限定して一般公開されている。

(イラスト:宮沢洋)

 続きはこちら

「素材」が建築をつくり、建築が「素材」をつくる──山梨知彦連載「建築の誕生」08

 建築と素材は、密接な関係にある。

<写真1>後述する「レサのスイミングプール」(設計:アルヴァロ・シザ)。岩盤と一体となった最小限のコンクリートの歩道と塀の素材感が魅力的(写真:山梨知彦、以下も)

 ギザのピラミッドやアテネのパルテノン神殿は、石が主要な構造体と仕上げ材として使われており、その素材の特性が建築に影響を与えている。一方、古代ローマの建築は、一見石造に見えるが主要な構造体はローマンコンクリートであり、これが壮大な内部空間や大スパンを可能にしている。パンテオンの大ドームやコロッセオの巨大な空間は、ローマンコンクリートという素材の性能を最大限に活用した例といえるだろう。

(さらに…)

日曜コラム洋々亭56:「京都モダン建築祭」と「イケフェス大阪」が指し示す、今後の建築公開イベントの選択肢

 硬いタイトルになってしまったが、難しい話ではない。秋の建築公開イベントに2つ行ってきました、どちらも面白いのでもっと広まらないかなーという報告兼願望である。

左は「京都モダン建築祭」のガイドブック、右は「イケフェス大阪」のガイドブックの中の「セッケイ・ロード」のページ’(写真・宮沢洋)
(さらに…)