日本初のクラシック専用ホールの奇跡、「ザ・シンフォニーホール」(大阪・1982年)─TAISEI DESIGN【レジェンド編】

一般の人が“名建築”として思い浮かべる建物は、いわゆるアトリエ系建築家が設計したものとは限らない。大組織に属する設計者がチームで実現した名建築にも、広く知ってほしい物語がある。本連載では、大成建設設計本部の協力を得て、個人名が世に出ることの少ない建設会社設計部の名作・近作をリポートしていく。初回は名作【レジェンド編】として、大阪の「ザ・シンフォニーホール」(1982年竣工)を取り上げる。

【協力:大成建設設計本部】

大阪駅から徒歩15分、静かな環境にまず驚く

 「日本初のクラシック専用ホール」と聞いて、ピンと来る人は相当の音楽好きだろう。そんな人は、もしかするとここに書くような話は既にご存じかもしれない。この話は、「音楽には疎いけれど、建築は好き」という筆者(宮沢)のような人に読んでほしい話だ。

(イラスト:宮沢洋、以下も)
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倉方俊輔連載「ポストモダニズムの歴史」15:竹山実、山下和正、相田武文~“野武士世代”の表層期の変化

 では、「平和な時代の野武士達」が当時の建築界に与えた影響は、どのようなものだっただろうか。

山下和正「顔の家」(1974年)(写真:倉方俊輔)

 まず、前回に述べたように、その内容は1941年生まれの安藤忠雄や伊東豊雄を論じたものではない。扱われている建築家は、1937年生まれの相田武文から、1944年生まれの石井和紘まで幅広く、それは『新建築』の編集部が決定したものだった。そもそも月刊誌の企画であるだけに、若手建築家としての話題性はもちろんだが、たまたま当時における未掲載作品の有無などが、入るか入らないかを左右したことは十分に考えられる。

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倉方俊輔連載「ポストモダニズムの歴史」14:槇文彦の「平和な時代の野武士達」を再考する

 2023年4月に始まったこの連載では、日本の建築史の中に「表層期」を発見した。1977〜81年の建築の実作と言説は「表層」への着目によって特徴づけられる。

 具体的な考察はまだ終えていないが、ここまでに明らかになったことで言えるのは、従来のようにシンプルにはいかない、ということである。

 シンプルというのは、一つには、チャールズ・ジェンクスの『ポストモダニズムの建築言語』が1977年に出版され、1978年に邦訳されると「ポストモダニズム」の語は流行語となり、箱型の建物に歴史的なモチーフを記号として散りばめたものを始め、百花繚乱の作品が生み出されたといった直線的な理解である。

相田武文「積木の家Ⅰ(防府歯科医院)」(1979年)(提供:相田土居設計)
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越境連載「クイズ名建築のつくり方」14:世界遺産を招き寄せた日本初の地震対策は?──国立西洋美術館本館

 ル・コルビュジエが日本で実現した唯一の建築である「国立西洋美術館」(1959年竣工)。1995年の阪神・淡路大震災を機に、同館では地震対策の見直しが行われた。その対策がもし従来の耐震補強工事であったら、おそらく2016年に「世界文化遺産」に登録されることはなかっただろう。

Q.1998年に国立西洋美術館で実施された日本初の地震対策工事は?

(1)柱の中心に小さな穴をあけ、ワイヤーを入れて上下で引っ張る
(2)柱を持ち上げ、地盤との間にゴムを挟む
(3)屋根周辺をいったん撤去し、軽いチタンで造り替える

 答えはこちら

「非・大家」宣言した隈研吾氏の真骨頂、板金職人とつくったリノベ建築「和國商店」完成

 先日、隈研吾氏に会ったとき、「巨匠とか大家とか呼ばれるのが大嫌い」と話していた。そのことは隈氏の近著『日本の建築』(岩波新書、2023年11月刊)にも、マスコミから「和の大家」と呼ばれるようになったことが執筆のきっかけだ、と書かれている。

 「自分が『和』ではないこと、ましてや『大家』でもないことを言わなければいけないと感じて、ついに日本建築論を書き始めた。」(隈研吾著『日本の建築』の「はじめに」から引用)

 東京東村山市の住宅街にオープンした「和國商店(わくにしょうてん)」は、先の文章が隈氏の思いを言い尽くしているように見える。

場所は東京都東村山市青葉町2丁目5番6号。既存の木造空き家(もとはタバコ屋)の改修(写真:宮沢洋)
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リレー連載「海外4都・建築見どころ案内」:スペイン・バルセロナ×小塙芳秀氏その1、公共図書館が倍増するなかCLT構造のガブリエル・ガルシア・マルケス図書館が「世界一」に

本連載の最後となる都市はスペイン・バルセロナだ。長らく現地に在住していた小塙芳秀氏(現・芝浦工業大学建築学部准教授)に注目スポットを案内してもらう。バルセロナは、1992年のオリンピックを契機に数々の注目建築が建てられたが、最近はすっかり落ち着いた感もある。そのなか2022年に完成したガブリエル・ガルシア・マルケス図書館は、建築好きのバルセロナっ子の間に話題をもたらした。(ここまでBUNGA NET編集部)

 2023年の夏、バルセロナでは久しぶりに建築の大きなニュースが飛び交った。

 もともとバルセロナの多くの市民は我がまちの建築に敏感である。ジャン・ヌーベルのアグバルタワーが建設されたとき、日建設計などがFCバルセロナのスタジアムのコンペで勝ったときなど、カフェやバルで友人とアレコレと自分の意見を述べ合う風景が見られた。私自身も、スーパーのレジ係やタクシーの運転手から、「あの新しいビルをどう思う」なんて突然聞かれたこともある。

ビッグニュース! ガブリエル・ガルシア・マルケス図書館が11カ国・16の図書館の頂点に

 2022年5月、Suma Arquitectura(スーマ アーキテクチャー)の設計によるガブリエル・ガルシア・マルケス図書館が、バルセロナの北東エリア、サン・マルティン地区にオープンした。翌年にはバルセロナの名誉ある建築・デザイン賞FADの最優秀建築賞を受賞、そして23年8月に開催された第88回IFLA世界図書館情報会議で最優秀公共図書館に選出され、バルセロナのメディアで大きく取り扱われることとなった。

 南ヨーロッパでは初めての最優秀賞で、過去の受賞作品の中で一番小さな建築物である。23年は11カ国から16の図書館が参加し、最終選考には、オーストラリアのパラマタ図書館(PHIVE)、中国の上海図書館東館、スロベニアのヤネス・ヴァイカルド・ヴァルヴァソール図書館がノミネートされるなか、4000m2程度のこの図書館が選ばれたことは特別な意味を持っていたと言える。地域に開かれ多様性を持つこの図書館のコンテンツや建築への評価のみならず、1998年からバルセロナ県と市が継続的に進めている先進的な図書館計画への評価も受賞の大きな理由の1つであった。

ガブリエル・ガルシア・マルケス図書館の外観(写真:以下も小塙芳秀、天野稜、佐々木日奈)

 図書館が立つサン・マルティン地区のサン・マルティン・デ・プロベンサルかいわいは、かつては工場も多く、労働階級が多く住むエリアであった。現在は約2万5000人が住み、外国人の割合も比較的多く、ラテンアメリカからの移住者のコミュニティーも存在している。多様な住民にとって平等な公共の場を提供することはバルセロナの目標の1つでもあり、このような環境に建てられたガブリエル・ガルシア・マルケス図書館はラテンアメリカ文学をより専門とした図書館として計画された。

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日曜コラム洋々亭58:世田谷美術館の「倉俣史朗」展、家具ビギナーがくらった3つのパンチ

 遅ればせながら、世田谷美術館で開催中の「倉俣史朗のデザイン―記憶のなかの小宇宙」を見てきた。会期は2023年11月18日(土)~2024年1月28日(日)なので、あと1週間しかない。そんな段階になってなんだが、これは必見の展覧会だ。実は筆者も複数の知人から「必見」といわれ、ようやく重い腰を上げて見に行った。もっと早く行って、このサイトで煽るべきだったと反省している。

(写真:宮沢洋)
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高架下建築図鑑01:長屋状に店舗が並ぶ「浅草橋 軒下ダイニング」、ありそうでなかった連続感/画:遠藤慧

鉄道高架橋の下に、都市の余白を活用して建てられる高架下建築。新連載「高架下建築図鑑」では、鮮やかな水彩イラストが人気の遠藤慧さんとともに、その魅力と奥深さをひもとく。技術の進歩により鉄道高架橋の構造が煉瓦造アーチ式から鉄筋コンクリート造ラーメン式へと変わり、様々な物語が高架下ごとに隠れている。

【取材協力:ジェイアール東日本都市開発】

(ビジュアル制作:遠藤慧)

一見、棟割り長屋のようでも…

 初回に訪れたのは、JR総武線・浅草橋駅の高架下だ。東口付近と西口付近の間は、駅のプラットホームを支えるためにコンクリート柱の上部が優美な弧を描きながら道路側にせり出し、「軒下」のような空間がつくられている。このようなカーブを持つ高架橋脚は珍しく、高架下マニアに人気が高い。

(画:遠藤慧、以下の3点も)
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ギャラリー・間で能作文徳氏&常山未央氏の展覧会、漂う楽しさは新しい環境建築の予兆か

 TOTOギャラリー・間(東京都港区)で、能作文徳氏と常山未央氏の展覧会「都市菌(としきのこ)――複数種の網目としての建築」が1月18日(木)から始まる。会期は3月24日(日)まで。開幕前日の1月17日に行われたプレス内覧会に行ってきた。

会場風景(写真:宮沢洋)

 筆者(宮沢)は2人の実作を見たことがない。実は会うのも初めてだ。でも、ずいぶん前から名前はよく聞く注目の2人。挨拶がてら見に行こうとは思っていたが、書くかどうかは「見てから決めよう」と思っていた。展示を見て2人の話を聞き、これは書こう、と思った。

 なぜ「見てから決めよう」などと偉そうなことを思っていたかというと、筆者はこういうテーマについて書く自信がないのである。公式サイトから主旨文を引用する(太字部)。

 能作、常山両氏は、建築設計や論考執筆に加え、国内外の大学を拠点に、建築と都市と生態系の関係性リサーチを続けてきました。自宅兼事務所の「西大井のあな」では、鉄骨造の中古住宅に光と熱が循環する孔を開け、コンクリートで覆われた外構を自分達の手ではつり、土中改善を行うなど、エコロジカルな視点で改修しています。そこは他で得た学びを実験し、次のプロジェクトへと展開させる実践の場となっています。彼らが「URBAN WILD ECOLOGY」と呼ぶ、こうした都市の中に野生を取り戻す取り組みに加え、近年では石場建てや木組などの伝統知、藁や土壁といった土に還る素材を積極的に設計に取り入れています。

 生態系とか循環といったテーマは、会社に属していたときには淡々と書くことができた。その組織の看板を背負って書くからだ。だが、フリーランスになると、「どの口で?」と言われている気持ちになるのである。いまだにガソリン車に乗ってるし、1年間で20回くらいジェット機使っているしで、自分に書く資格があるのかと…。

 しかも「都市菌(としきのこ)――複数種の網目としての建築」って、かなり難しげだ。なんだか気後れする。そういう不安を持った人も、この展覧会は気楽に見られる。そして2人の実作が見てみたくなる。

「ごみを出さない」展示が出発点

 まず「きのこ」の意味するところは何か。主旨文には「課題を抱える現代の都市の一部を分解し、その養分を吸収し、菌(きのこ)のように成長する。そんな腐敗と再生の網目の結節点として建築を捉え、野生や伝統知を手に、網目に切り込みを入れつなぎ直すことにより、複数種のネットワークを構築しようとしています」と書かれているが、筆者の読解力ではよくわからなかった。

 2人の説明を聞くと簡単なことだった。「廃材を使う(分解)」「ごみを出さない」「隙間を生かす」。

能作文徳氏(左)と常山未央氏(右)

 この展示も、「ごみを出さない」を出発点に計画したという。

 まるで高校の文化祭になりそうだが、さすがプロはきれいに会場をつくる。テーブルが廃木材なのはわかるとして、展示壁が断熱材だと聞いて驚いた。

手前にぼんと置かれているのは、いつか使おうと思っている廃材。右手の壁は断熱材

 リポートを書こうと思ったのは、全体に漂う“押しつけ感のなさ”。おしゃれだし、展示を見ていて楽しいのである。

代表作の1つ、「西大井のあな」(2017年~)の展示
石場建ての茶室

 NHKの「ピタゴラスイッチ」を見るよう。自分に影響を与えた番組でいえば、「できるかな」(ノッポさんとゴン太くんの番組)。あれのカッコイイ版だ。見に行く前に想像していた教条的な雰囲気とはだいぶ違う。

「明野の高床」(2020年)の展示。下の写真も

 2人に、「設計を進めるうえで『使わない』と決めている材料があったりするのか」と質問してみた。

そう聞いたのは、「コンクリートの高層ビルも設計してるじゃん」と思ったから

 すると、「そういうことではなくて、プロジェクトに応じて最適の方法を考えている」(能作氏)、「どんなプロジェクトでも『あきらめない』ことを心がけている」(常山氏)という柔らかな答え。おお、それなら自分にもできそう。

上の高層ビルの説明。なるほど! 「できること」を「あきらめない」

 こんな話もしていた。今、建築設計者は、環境的なことをテーマにするのがカッコ悪いから語らないという人と、原理主義的に取り組む人に二分される。自分たちは、できることをやろうという考え方で、伊東豊雄氏がかつて『消費の海に浸らずして新しい建築はない』(1989年)と言ったことになぞらえれば、『環境主義に浸らずして新しい建築はない』と考えている(ざっくりの要約)。

 展示では実作がどんな感じなのか伝わりづらかったが、戻ってから能作氏の事務所のサイトを見たら、どれもなかなか魅力的ではないか。(こちら→http://fuminori-nousaku.site/

 もちろん、ド正面から環境問題に取り組む建築家には敬意を抱いている。が、こういう柔らかいアプローチから開かれる“新しい建築”も見てみたい、と思わせる展示だった。

 最後に、私がこの展覧会のタイトルをつけるなら、『としきのこ、できるかな?』にすると思う。ビジュアルはこの写真で↓。 (宮沢洋)


能作文徳( のうさく ふみのり)
1982年富山県生まれ。2005年東京工業大学卒業。2007年同大学院修士課程修了。2008年
Njiric+ Arhitecti(クロアチア)研修。2010年より能作文徳建築設計事務所主宰。2012年博士(工学)取得。2012~18年東京工業大学助教。2018~21年東京電機大学准教授。2023年コロンビア大学特任准教授、ミュンヘン工科大学客員教授。現在、東京都立大学准教授。

常山未央(つねやま みお)
1983年神奈川県生まれ。2005年東京理科大学卒業。2005~06年Bonhôte Zapata Architectes(スイス)研修。2006~08年スイス連邦政府給費生。2008年スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)修了。2008~12年HHF Architects (スイス)。2012年mnm設立。2015~20年東京理科大学助教。2020~21年同校特別講師。2022~23年EPFL客員教授。2023年コロンビア大学特任准教授。

■展覧会概要
展覧会名:能作文徳+常山未央展:都市菌(としきのこ)――複数種の網目としての建築
展覧会名(英):Fuminori Nousaku + Mio Tsuneyama: URBAN FUNGUS――Architecture is a Complex Ⅿesh
会期:2024年1月18日(木)~3月24日(日)
開館時間:11:00~18:00
休館日:月曜・祝日、ただし、2月11日(日・祝)は開館
入場料:無料
会場:TOTOギャラリー・間(〒107-0062 東京都港区南青山1-24-3 TOTO乃木坂ビル3F)
主催:TOTOギャラリー・間
企画:TOTOギャラリー・間運営委員会(特別顧問=安藤忠雄、委員=貝島桃代/平田晃久/セン・クアン/田根 剛)
後援:東京建築士会/(一社)東京都建築士事務所協会、(公社)日本建築家協会関東甲信越支部/(一社)日本建築学会関東支部

連載「よくみる、小さな風景」10:バス停で生まれる「空間の耕し」──乾久美子+Inui Architects

建築家の乾久美子氏と事務所スタッフが輪番で執筆する本連載。第10回はスタッフの藤澤太朗氏が観察する。テーマは「エキ(駅)」。そのなかでも特に「バス停」に注目する。「一定以上の設えになると、人々の工夫の余地がなくなる」という分析は、建築設計者にとっては聞きたくなかった指摘かも…。でも、写真を見ると確かにその通り。(ここまでBUNGA NET編集部)

 今回取り上げる小さな風景のテーマは「エキ」である。鉄道駅にはじまる交通結節点は人や荷物の乗り降りのための場所であるが、現代では、そうした基本的な機能に加えて、地域の人の活動拠点やショッピングを行う場所など多くの役割を担う場所になっている。これらをまとめて「エキ」と名付けて観察を行っている。

(イラスト:乾久美子)

 乾事務所では電車、バス、フェリーなど乗り物を限定せずに「エキ」事例を集めている。それらを眺めていると、特に居心地の良さそうな場となっているバス停がいくつかあった。それらに共通するのは、人々がありふれた周りの環境に着目し、「こうすると心地よさそう」や「これは使えそうだ」といったようにその環境から読み解いた資源を手がかりに、能動的に居場所をつくりあげている点であった。

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